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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第90話 これは命令だから』

第90話 これは命令だから


誰にも見つからないようにトイレに駆け込み、制服の砂を払い落として顔を洗う。口をゆすぐと洗面台が真っ赤になったので、口の中を結構深く切っているっぽい。

(柚子葉ちゃんにこんな姿、絶対に見せられない。コハクちゃんが体調崩して姫嶋家にいるのは不幸中の幸いだったかも)

普段からカバンに入れてある使い捨てマスクを着けて何とか授業はやり過ごし、神谷さんには

「今日は頭が痛いので、部活お願いね」

伝えてそそくさと家に帰った。バッグを雑に床に置き、いつもの様にベッドの上で上半身だけ乗せた状態で天井を見つめる。

(明日から土日と休みが続くから、その間に顔の腫れもひいてくれるだろう。しかしいきなり何だ、たくみのヤツ! 自分が柚子葉ちゃんに振られたからって八つ当たりもいいところじゃないか)

母さんにバレないように口の中の切れていない方で咀嚼し何とか切り抜け、早めにお風呂に入って部屋に戻りコハクちゃん用の復習ノートを作っていた。

「竜星、コハクから電話よー」

平静を装って受話器を受け取り、気持ち普段よりもテンション高めを心掛けて話をする。

「コハクちゃん、調子はどう? いま復習ノートを部屋で作っていたところだよ」

「お、さすが兄ちゃんありがたい! 姫嶋家のみなさんにすっごく良くしてもらえて、もう熱もないし元気モリモリさ。それはそうと電話したのは他でもない、日曜日って兄ちゃん何か予定ある? 四人で水族館に行かないかって話をしてたんだけど、どうかな?」

「ん-、そっか。 今回お世話になったんだから仲良し姉妹で行っておいでよ、僕は遠慮しようかな」

「なんでよ? たくみんも来るってさっき道場で言ってたし、女二人に男一人じゃ釣り合わないから来なよー」

「たくみが来るって言ったの? アイツ、僕が来るかもしれないって知ってるのかな」

「なに言ってるんだ、兄ちゃん。そんなの当たり前だろ? 兄ちゃんてば、相変わらずウジウジしてんでしょ? 話はたくみんから全部聞いてる。まだ寝るには早いでしょ? いまから道場に来なさい、これは命令だから」

早口でマシンガンのように一方的に命令されて電話を切られた。

(話はたくみんから全部聞いてるって……どういうことなんだろ? それにしても『道場に来なさい』って。妹がお世話になっていることだし、お店もまだ空いているだろうからケーキでも買って持って行こうか)

「母さん、コハクちゃんが『僕に道場まで来なさい』って。今回姫嶋家にお世話になっているから、差し入れ持っていってくるよ」

「あらそうなの? 母さんもこれからお邪魔しようと思っていたからちょうど良かったわ。一緒に行きましょ」

ケーキを買うとなったら必ずココと決めているケーキ屋さんに二人で入店。あれやこれやと見繕い、母さんからは特に何も訊かれることなく姫嶋家に到着。インターホンを押すとすぐに元気になったコハクちゃんが出てきていつものように飛びつかれるのかと思いきや、持ってきたケーキを奪って室内に逃走。

(まあ、元気そうでよかった)

キッチンテーブルでケーキと紅茶を皆で頂いている最中も、顔の腫れに気付かないはずはないのに誰も触れないのは明らかに不自然だ。

「母上たちはこれからお花の稽古について打ち合わせをされるから、私たちは道場に行きましょう。着替えてくるからりゅうくんはここで少し待ってて」

柚子葉ちゃんの言葉と表情から何かピリッっとしたものを感じる。即席姉妹は二階へ上がって行き、さほど時間も掛からず二人とも道着姿で降りてきた。

「さあ、行きましょう」

二人の後ろをついていき敷居の前で一礼して道場に入ると、こちらに背を向ける形で畳の中央にたくみが正座していた。彼の前に回り込み正対して座ろうとすると、コハクちゃんから『たくみんの横に座れ』と指示を受けて男子二名、女子二名が正対する形で向かい合って正座。

なんだか気まずい。

「さあ、それじゃあ始めようっか! 大体の話は事前にたくみんから聞いているから先ずは『仲直りしよう』ってのと、水族館に遊びに行く計画を立てる、そして最も重要なのは『隠しごとなくみんなで腹割って話そうぜ』ってことだ。自分の気持ちとはいえわからない時は『わからない』と言ってくれればいいし『こんな言い方知たら傷つくんじゃないか』なんてのも考えなくていい。ただし、暴力沙汰になりそうになったら容赦なく抑え込むからそのつもりで。ユヅハ、こんな感じでいい?」

「うん、ありがとう。それでは始めましょう」

「よし、司会進行はあたしがやるね。先ずは一人ここでずっと待ててくれたたくみんからいってみよう!」

自分の方を向き姿勢を正した彼の目からは、昼間の時のような憎しみやいら立ちは感じられなかった。

「りゅうせい、柔道家を志すオレが拳で人を殴るなんて最低の行為だったと反省している。まずはこの件を謝罪したい、すまない」

「こちらこそ、おもいっきりお腹を蹴っちゃって悪かったよ。ごめんなさい」

互いに深々と頭を下げた。

「はい、それじゃあこの件については仲直りってことで握手して!」

納得いかない点は多々あるけれど、彼が手を出したので僕も握手をする。

「次はなんで喧嘩になったのかをおさらいしてわだかまりを解消しよう。これは話し出したら言い合いになっちゃうかもしれないからあたしが話をするね。ざっくりいうと『ユヅハにこんなにも思われてるのにりゅうせいは何やってんだ』ってのに対し『たくみに何がわかるんだよ』っていうお互い気持ちのぶつかり合いで合ってるかな?」

「うん、まあそんな感じだ。コイツは姫嶋さんをほったらかしにし過ぎているって思ったから腹が立った」

「そう言われたけれど僕にはそんなつもり全く無くて、たくみが自分がフラれた腹いせに変な言いがかり着けてきていると思ったから頭にきた」

「はーい、二人とも熱くならないでね。ユヅハは話の争点になっちゃってるから、二人の意見に対してあたしが冷静に思ったことを喋ろうと思う。もちろん納得いかない所はあとで質問タイム設けるから、聞いてくれるかな?」

女子二人に正対して座り直し、男子組は頷く。

「確認ね。最初に言ったとおり『隠しごとなくみんなで腹割って話そうぜ』を完遂することで、ここに居る四人はすごく強い絆の元で本当の友情を見いだせると信じてる。だからあたしを含めみんなにも勝手に先を想像しないで心の内にあるものを正直に話して欲しいんだ。ユヅハも大丈夫?」

コクリと首が動いたのを確認して話を進める。

「じゃあ、たくみんに質問。今現在、まだユヅハに未練ある? もし彼女と付き合えるのなら兄ちゃんから奪ってでも付き合いたいって思う?」

「姫嶋さんは好きだ、これからも友達として仲良くして欲しいって思っている。りゅうせいっていう初めて自分が認められるヤツに出会って、コイツとの絆は絶対に壊しちゃいけないって思っているし、彼女がりゅうせいを大切に想っているのを知ったから、それを奪って友情をぶち壊そうなんてこれぽっちも考えていない。今回の件にしても手前味噌かもしれないが、オレが認めたヤツが姫嶋さんを大切にしようとしないから腹が立った。それにオレが好きなのは……」

「はい、とりあえずここまでね。少しずつ紐解いていこう! たくみんの気持ちはよくわかったよ、正直に話してくれてありがとうね。その上で女子としての意見を言わせてもらうと『ユヅハの気持ちを代弁しているつもりかもしれないけれど、間違ってますよー』ってところかな。彼女と兄ちゃんには幼い頃からのあたしたちには理解できない繋がりがあるし、そもそもほったらかしにされているなんて思ってないわけさ。だって中学の時に少しでもそばに居たくてこの学校に転校してきたんだもん」

熱弁しながらチラリと視線だけ隣に向けると、道着の太もも部分を握りしめていろんなものから黙って耐えているユヅハがいる。

#創作大賞2024#漫画原作部門


重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。