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うえすぎくんの そういうところ  Season.1 『第十一話 抜刀ですか?』

第十一話 抜刀ですか?


(フェイントは通じないってわけか、それならコントロール勝負といこうじゃないの)

ドロップショットをネットギリギリに打ち、彼女が苦し紛れにこちらのコートに返したところを叩き落とそうと前に突っ込むと、パーンと後方へクリアが上げられる。前のめりになった体重をバネのように無理矢理伸ばしながら後ろに飛んで、着地と同時に膝でショックを吸収しながらハイクリアを返すと、今度は向こうからドロップショット。何とか態勢を整えてネット前に走りシャトルを上げるとパン!と叩き落とされた。

(おかしい……筋力もいい感じに使えているし、コントロールだって悪くないのになぜこっちが押し負けているんだ?)

何度も何度も同じことを自問自答しながら、コートに落とされたシャトルを拾って相手コートに返した。膝はガクガク笑っているし、思考も鈍ってグルグルと同じことばかり考えている。そんな状態で次のサーブに備えてヒューヒュー息をしながら構えると

「セット!ゲームセットだよ。お互いに挨拶して」

主審に言われスコアボードを見ると二十一対〇でまたもや一点も獲れずにラブゲーム。

悔しくて情けなくてポロポロと止まらない涙をリストバンドで拭きながらコート中央に向かう。

「ちょっとアンタ泣きすぎ!待っててあげるからタオルくらい持ってきなさいよ」

勝者からの一括を入れられてタオルを被る、俯いたまま手を出す。

「男子なんかと握手なんてしないわよ!ただ悔しくて眠れないでしょうからアドバイスはしてあげるわ。アンタさ、ネット前に突っ込んでくるのは良いけれど、止まるのにあんなに踏ん張らなきゃいけないほどダッシュする意味ある?バックもそう、普通に下がって真っ直ぐ打てばいいものをなんでわざわざ体反らさなきゃいけないくらい下がってるの?スタミナとかコントロールが問題なんじゃなくて、フットワークの基本がまるでなってないの、学校に戻ったらフットワークの基礎をしっかり教えてもらうことね」

僕にとっての市民大会はこれで幕を閉じた。それでも第九コートで最後まで勝ち進み、決勝トーナメントまで来たということで八位入賞(二名棄権)。顧問がこのタイミングで市民大会にエントリーさせてくれたのは『現実を知ってこい』という意味だったのかもしれない。

 市民大会で自分の課題が明確になったので、それからしばらくの間ラケットを握らなかった。イヤになってしまったとか、ヤケクソになってしまったからなどではなく、ラケットを握る以前にしっかりとやっておかなければならないフットワークという基礎を埋めるために、前中後に横並びで三個づつシャトルを置いて柔らかくなるべく無駄の少ない動きに向けてひたすら体を動かした。足がもつれて倒れるまで続けられる、前後左右斜めの反復横跳びをイメージしてもらうとわかりやすいかもしれない。最初の内は足が痙攣したり呼吸が続かずに転んでしまったりと上手くいかなかったのだけれど、こういう時にやる気を削がないように的確なアドバイスをくれるのがウチの顧問だ。

「リューセー、バタバタ足音がうるせえ!」

「リューセー、シューズの音がキュッキュとうるせえ!」

「リューセー、羽根拾い手伝え!」

ムチャクチャ言われている様ではあるが、市民大会の結果と自分の見つけた課題をちゃんと伝えた上での顧問のアドバイス。

(一つ一つに意味があるはずだ)

先ずはバタバタ足音がしないように静かに動いてみる。

「リューセー、動きが遅せえ。そんなにカカトに仕事させてんじゃねえ!」

ゲキを飛ばされる。

(でも、後ろに飛んで着地する時に静かに降りようと思ったら、カカトのクッションを使って着地する必要がある)

何度か動きながら自分の足音を確認してみる。

「オマエは女の子にもフットワークにも鈍いヤツだな!前だ、マエ!」

ニヤニヤした顔で言われた。カカトに仕事をさせずバタバタ音をさせないっていったらつま先で着地するしか思いつかず、やってみると止まれなくてネットに勢いよく顔から飛び込んでしまった。

「あははは!オマエみたいなやつは言葉じゃなくて体に言い聞かせた方が早い。コートの真ん中に立ってシャトルを落とさずに取ってみな」

そう言われてコートの真ん中に立つと同時に、ネット前左ギリギリにシャトルをポイと放られる。何とか落とさずに拾ったと思いきや、その瞬間に投げられたネット前右ギリギリのシャトルは拾うことができずにコートに落としてしまった。再びコートの中央に戻るよう言われてポイ……何度やっても右側のシャトルに手が届かない。

「これはラケットを持っていない分、リーチが足りないということですか?」

ゼーゼー言いながら訊いてみる。

「こんなの神谷だって出来るぞ?おーい神谷、ちょっとこっちに来てくれ!」

簡単に神谷さんに説明して顧問がシャトルを投げると、いとも簡単に左も右も落とすことなくヒョイヒョイと取ってしまった。

「わかったか?リューセーの一歩は『抜刀ですか?』ってくらい前につんのめりすぎなんだよ。神谷みたいに軽く動かないと、左右はもちろん前後だって取れねえぞ?フットワークっていうのは如何に軽やかにコート内にシャトルを落とすことなく反応できるかってもんだろ?反応するだけじゃなくコースもちゃんと打ち分けなきゃいけねえのに、そんなに余裕のない動きでどうすんだって話だよ。せっかく体が柔らかいのに全然強みを使えてねぇじゃん、最小の動きで最大の効果を狙ってみな。そのためにはもっと早くもっと軽くだ!神谷サンキューな」

ペコリとお辞儀をして戻っていく彼女を見ながら彼女の動きを思い出してヒョイヒョイと軽く動いてみると、シャトルは取れるようになったものの、本当にこれでいいのかという疑問がどうしても頭から拭えない。

「納得いってねえだろ?フットワークの為のフットワークをやってるから納得いかねえんだよ、実際に試合中であることを想像してみな。余裕がないばっかりにシャトル溢したり、届いても甘く上がっちまって叩かれた経験があるだろう?」

この言葉を聞いてハッとした。先の市民大会最終戦がまさにそうで、何故かわからない内に追い詰められて悲惨な負け方をしたのを思い出した。

「あそこで一歩出ていたら……なんていう根性論でお前は片づけているだろうけどもさ、その一歩の先にはヘアピンかドロップかスマッシュかプッシュか、何が来るかわからねえんだぜ?それに対応しなきゃいけないのに拘るところが違うだろ、一歩は当たり前でその先だ」

これを聞いて頭の中のモヤモヤが一気にクリアになった気がした。フットワークとは次につなげる動きの練習であり、完結した一歩ではない。どんなに完璧なスマッシュが打てたとしても、それを返されてしまったら打った余韻に浸っている暇なんてなく、すぐさま次の行動に出なければならないし、相手のミスショットがたまたまこちらのコートに入ってきたとしてもそれに反応しなければならないのだ。

「ありがとうございました!」

顧問に頭を下げて、フットワークを練習している女子の方へと足を運ぶ。自分の問題点を理解した上で、どうするのが正しいのかを実際に目で見て確認するためだ。

 体育館の端っこに体育座りをして全体を見渡すように広く見ていると、ダルそうにタラタラやっている人もいれば、神谷さんのように頑張ってはいるものの、どこかまだぎこちない人もいる。そんな中でひと際輝いて見えたのは二年生ながらに主将を任されている高見澤さんだ。実家がとんでもなくお金持ちで、通学の時にはいつも高級外車で送り迎えをしてもらっているご令嬢というくらいしか彼女のことは知らなかったけれど、そのフットワークはとても軽くて流れるよう。僕みたいにおかれたシャトルに直接触るわけではなく、ラケットを持って飛んできたシャトルをイメージしているかのようなスイングを入れつつ動いている。そして足音に耳を澄ませてみると自分みたいにドタンバタン音はさせずに、時折小さくキュッっと自然な音が鳴る程度。

(フットワークに全然体重が乗ってないじゃないか)

否定的な目でしばらく見ていたが、もうかれこれ三分が経とうとするのに呼吸が乱れている感じがまるで無い。僕が三分動いたらゼーゼー肩で息をするのに対し、余裕で動き続けているどころか、後輩に目を配って指示までしている。そして驚くべきは疲れてフラフラすることは無く足を置く位置が全く同じ、即ち毎回同じフットワークがブレずに確実に行われているということだ。コートの大きさは同じなのに歩幅は小さく、ラケットの軌道を出来るだけ大きく振っているというのは男子に体力で劣る女子ならではの創意工夫なのかもしれない。そしてもう一つ気づいた点、それは彼女のシューズが床に接地している時間がほとんど無いようにみえてしまう軽すぎるステップ。それでもバックステップの時にはハイクリア用のスイングや、スマッシュ用のスイング、カットやドロップショット用のスイングとちゃんと振り分けているし、スマッシュスイングの時にはそこにシャトルがあったらちゃんとスマッシュを打てているであろう風を切る音がちゃんと聞こえる。

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