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うえすぎくんの そういうところ  Season.1 『第十二話 舐めてるでしょ』

第十二話 舐めてるでしょ


「どうだ、自分との違いが少しは見えてきたか?オマエのフットワークみたいに、本当に地面ギリギリのシャトルを拾わなきゃならん時もあるが、それよりも早く反応してなるべく前で余裕を持ってシャトルを裁いてしまえばいい。そうすりゃあ、あんなドタンバタンと余計な力の入ったフットワークはいらないし、実際にコート上でも軽く動けるっていうもんだ。リューセーのことだから『気合が入ってない』とか『体重が乗ってない』なんて思ったのかもしれんが、力の入れどころが違うんだよ。フェイントを振られてどうしてもバックエンドまでラケットを届かせなくちゃならない時、その力に柔らかさを加えて強力なバネにすりゃあいい。最も重要なのは頭の軸がぶれないこと、理想を言えばコートの中ではスケートしてるようにスイスイ動けってこった」

 顧問の言葉に衝撃を受けて、軽やかに動いている高見澤さんに釘付けになってしまった。自分みたいにすぐ疲れてしまわない要因、体を大きく使ってラケットを振っているのに頭を含めた上半身のブレがほとんど無く、スケートとまではいかないがアメンボが水の上を軽やかに飛び跳ねている感じだ。早速コートの脇で彼女の動きを見ながら自分も真似してみる。

「リューセー、動きだけ真似てもだめだ。そこにシャトルが飛んでくるのをイメージして動かないと全く意味がない。振ってやるからヒロコのステップで実際にシャトルを返して見ろ、コートに入れ」

促されてコートに入ると、片腕に三十個ほどシャトル持って前後左右に振られる。

「フットワークが重いしブレブレだ、さっきのステップ思い出せ!」

なるべく頭の位置が上下せず、体が前に突っ込み過ぎない彼女のフットワークを思い出しながら動いてみると確かに無理なくシャトルを拾うことができているし、疲労の蓄積具合も今までとはまるで違う。神谷さんに力まないようコロコロを教えていたはずなのに、知らない間に自分がこんなに力んでいたなんて想像もつかなかった。

「ナマジッカ筋肉が付いてきたもんだから、自分でも気づかない内に力に頼っちまってるんだよ。バドミントンはスピードと正確さとしなやかさが求められるスポーツなのに、リューセーってば猪突猛進で突っ込んできたと思ったら急ブレーキ。動きが隙だらけなんだよ、もっとコンパクトに無駄な動きを減らせ!」

 叱られながら縦横無尽に振り回された挙句、足がもつれて転んでしまいあおむけの状態で懸命に酸素を肺に送り込む。しばらくの間天井を見つめて呼吸に全神経を注いでいたが、寝ころんだまま首を高見澤さんの方に向けると神谷さんにフットワークを教えている映像が目に飛び込んできた。

「フットワークっていうのはね、目的じゃなくて手段なの。前に落とされたシャトルを拾うために前に出て、そのまま出っ放しでは次につながらない。一歩踏み出した足が地面に着いた瞬間にバックステップする様にイメージしてみて。逆も一緒で、後ろに飛んだシャトルを追いかけて足をついた瞬間に前に体重移動するの。前に行くのは後ろに下がるため、後ろに下がるのは前に出るため。これをしっかりと意識してやらないと、ボロボロになっちゃうからね」

 自分に欠けているものが明確に耳に入ってきた瞬間にイメージは動き出し、同時に寝転がっていた体も起き上がろうとする脳からの指令よりも早く跳び起きた。

(前が後ろで、後ろが前……そうか、そうだ!)

高見澤さんが教えていたことを意識しながらラケットを握って、今度は明確にシャトルが飛んできたイメージを想像しながら前後左右に動いてみる。

「リューセー、それだそれ!ったく、ヒロコに教えさせりゃよかった」

そう言い残し、顧問はうっすら笑みを浮かべながら女子部員の中に入っていった。

 三年生になり、周りの環境にも変化が見られるようになってきた。中高一貫校といえども成績がついて来なければ『留年』という恐ろしい暗闇が大きな口を開けて待っているのは確かだ。中一の時にイジメてきたヤツラも

「上杉、ここわからないんだよね……教えてくれる?」

テストが近くなると踵を返したように集まってくる。昔の辛く悲しかった思い出を彼らにぶつけたところで何も解決しないし、いつものように笑顔で丁寧に接すれば自分の心も晴れるし、何より温かい反応が返って来るのが嬉しくて時間の許す限り彼らに協力した。

 バドミントンでは高校生に混じってガンガンやらせてもらい、市民大会ではシングルスで八位入賞するまでになった。もちろん優勝するつもりで頑張ったのだが、何が何だかわからない内に負けてしまったというのが事実だ。

 八位で終わってしまった……こんな短期間バドミントンに触れただけなのに、負けてしまったのが悔しくて悔しくて。確かに初めての大会という空気に呑まれてしまったし、他の人達は中学から始めた自分なんかよりも余裕な顔をして動きに無駄が見られなかった。聞いた話によると幼稚園の頃からラケットを握り、小学生の部でも全国大会で優勝している人も居るらしい。もっともっと練習して更なる高みへ行かなければならない。

 バドミントンは『シングルス』『ダブルス』『男女混合ダブルス』と大きく分けて三種類あり、シングルスは一対一、ダブルスは男子なら男子同士女子なら女子同士が組んで二対二で行われる。この中学で同学年の男子は自分しかいないので、必然的に『男子シングルス』になるのだが、今春中学最後の大会に向けて新たな試練が始まる。

「リューセー、三年の春に行われる中学最後の大会には男女混合ダブルスにも出場してもらう。仲が良さそうだから神谷と組ませてやりたいのは山々なんだが、オマエとはレベルが違い過ぎる。そこでだ、女子部員の中で一番スタミナもあってレベルの高い高見澤と組んでもらおうと思う。先ずはコートに入って基礎打ちしてから軽く一セット試合やってみろ」

そう言われ、僕にとっては初めて学校で女子と試合をやることになった。

「上杉君、よろしくお願いします!」

高い位置のポニーテールをお団子状にクルリと丸め、髪がプレイの邪魔にならないようにしている当たり、他の女子部員と比べて本気度合いが伝わってくるし、ラケットもシューズもよく手入れされている。お互いコートに入って基礎打ちを行った後

「ラブオールプレイ!」

顧問の掛け声と同時に彼女の試合が始まった。いつも一緒に練習している仲間達も、男子トップと女子トップが試合するということでライン審判(シャトルがアウトかインか見定める審判)をやってくれている人以外はコートの周りに座って我々の試合を観戦している。

(先ずは小手試し)

後ろに打ったり前に落としてみたり、右に振ったり左に振ったりしてみるも、基礎がちゃんとできていて全部拾ってくる。それならばとシャトルのスピードを少し上げてドライブ気味に振ってみるも、こちらにもちゃんとついてくる。

(お、なかなかいいじゃん?)

なんて思い上がっていたその時。彼女のスマッシュが反応の遅れたラケットを持つ手に当たり、彼女に得点が入る。

「ねえ、舐めてるでしょ?私のこと。基礎打ちじゃないんだからしっかりやってくれないかしら?ここから本気で行くから、しっかりついて来ないとあの時みたいにマジ倒すからね?」

(あのとき?)

さっきの挨拶とは変わり、厳しい顔で言われ、ペコリと頭を下げて腰を落とす。一生懸命向かってくる人に対して品定めなんて確かに失礼だったと反省し、温まったふくらはぎや太ももを確認するようにシューズの紐をしっかりと締め直す。立ち上がって再びペコリとお辞儀をしてここからは戦闘体制一本目、不意打ちとばかりに飛んできたシャトルはネットギリギリではなく少し高い。すぐさま反応して彼女の足元にシャトルと叩きつけると、

「そうそう、これこれ!ワクワクしてきた!」

嬉しそうな彼女。サービスオーバーで今度はこちら側のサーブ、高い弾道でシングルコートのエンドラインギリギリを狙って打つ。ラインすれすれまで下がった彼女はアウトであるのを確信したがごとくラケットを降ろしてシャトルの行方を見ていたが、今のサーブはラケット面で少し擦るように、いわば高い位置から真下に落ちるような打ち方だ。そしてサーブの練習は自分でいうのもなんだがムチャクチャ練習してきたので、自分が打ったシャトルがアウトかインかなんて打った瞬間にわかる……これはライン上インだ。案の定彼女は

「え?」

落ちたシャトルと審判を見て少し驚いている。こちらも本気でやっているのだから、安易に判断してラケットを下げた彼女のミスジャッジだ。

「コラー、ヒロコ!あんだけ威勢のいいこと言っといて、なんだそのだらけたプレーは?地面に落ちるまで勝手に安心するんじゃネェー!」

顧問からゲキが飛ぶ。対戦相手は高見澤弘子さん、同じ学年で負けん気が強く、ちょっと男嫌いな感じをいつも醸し出している隣のクラスの女子だ。そして次、僕の打ったショートサーブに触りはしたものの、彼女のシャトルはネットを超えることは無かった。

 不機嫌そうにラケットでヒョイとシャトルを拾い、そのままパン!とサーブ権のあるこちらにシャトルを返す。シャトルは水鳥の羽根で出来ているのでこういう時はちゃんと一度自分の手に持って、キレイに整えてから返すのが礼儀なのに彼女は無造作にパン!と触ることなく返した。

これにはちょっと頭にきて、口に出すことなく次のサーブを打つ。今度は低めギリギリで手前に落とすようなそぶりをしながら、それでいてスピードは速く、彼女の顔面目掛けてのサーブ。

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