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うえすぎくんの そういうところ Season.7 青春の内側編 『第91話 ちょっと待って』

第91話 ちょっと待って


「そうだったのか。そんなの何も知らずに『好きです』なんて言ってごめん。それにりゅうせい、勝手に暴走して暴力振るって本当にすまなかった」

「たくみ君の気持ちは嬉しかったよ。ただ私にはその思いに応えることができなかったからこちらこそごめんね、さっき言ってくれたみたいにお友達としてこれからも仲良くしてくれたらもっと嬉しいな」

「お互い痛い思いしたんだし、仲直りして握手もしたんだから昼間の事はもういいじゃん。たくみにそんな風に思って貰えて僕は幸せだよ」

ここまではなんとかよい空気。でもこのままじゃ一人裁判になっちゃうからこれからが正念場。

「次に兄ちゃん。四人中三人が柔道で自分だけ違うから、ウジウジしちゃってるんじゃないかと心配していたけど、楽しそうに部活やれているのは良かったと思っている。さっきたくみんに話した『ユヅハが転校してきた理由』はもちろん知ってるよね? それにしては確かにクラスが違うとはいえ、登校の時くらいにしか話す機会がないってのはちょっと冷たすぎやしないかい?兄ちゃんはこのままユヅハが自分以外の誰かを好きになって離れて行ってしまっても仕方がないって思ってるの? それとも『そんなことあり得ない』なんて図々しいこと考えちゃったりしてる?」

ちょっと強い口調で厳しめに放った言葉にたくみんが何か言おうと前のめりになったのを、黙って手を伸ばすことでユヅハが制した。

「柚子葉ちゃんが他の人を好きになっちゃうなんて考えたことも無かったし、だからといって『そんなことあり得ない』なんて思ったこともないよ。クラスは違ってもこの先もお爺ちゃんとお婆ちゃんになるまでずっとずっと一緒に居てくれるって、地球に空気があることを疑いもしないみたいに思ってる。でも、もし柚子葉ちゃんから『僕以外の誰かを好きになっちゃって離れたい』って言われたらって考えたら……生きていける自信がない」

「コハク、ごめん!」

ユヅハが生気を失くした兄ちゃんを抱きしめて、頭を撫でながら泣いている。

「りゅうくん大丈夫、大丈夫だよ。私はいつも側にいるし、ずっと一緒に居てくれるって言って貰えて嬉しかった。だから『生きていける自信がない』なんて言わないで」

「たくみん、ちょっと足崩してジュースでも飲んで休憩しようか。たくみんが言いたかったのはこういうことでしょ?」

「ちゃんと姫嶋さんに気持ちを伝えてあげて欲しかった、だからこういうことだな。コハクさんさえよければ、毎日じゃなくても一緒に弁当食べる時間を作らないか?」

「それはナイスな提案だね! これについても後で決議を取ろう」


「ごめんなさい……あんなりゅうくんを見たら黙って座っていられなくて」

「いいんだよ。コハクさんとも『こういうことだね』って話していたところだから、姫嶋さんも安心してくれてみたいでよかった」

「うん、ありがとう」

「さて。いろいろ仲直りできたみたいだし、ここからは水族館の計画……」

「ちょっと待って」

ホッコリとした空気の中、ダブルデートプランについて話そうとしたところをユヅハに止められた。

「たくみ君、さっき何か言いかけて止められたわよね? せっかくの機会なんだから聞かせてくれないかしら」

「ユヅハ、いい雰囲気になってるんだからもういいんじゃない?」

「あなたは黙ってそこに座ってらっしゃい!」

もの凄い迫力と威圧感。あたしを含む男子二人も姿勢を正して座り直したほどだ。

「さあ、たくみ君。どうぞ」

大きな体で大きく深呼吸をして、まっすぐにあたしの目を見た。

「オレはコハクさんが好きだ。りゅうせいと一緒に住んでいるって考えるとどうにかなっちまいそうなくらい混乱するから考えないようにしているし、一組に行って二人が仲良くしている姿なんか見てしまったらきっと打ちのめされるから、極力行かないようにしてる。でもこれは自分の心の鍛錬が足りていないがこその『気の迷い』なんじゃないかって、何度も自分に言い聞かせようとした。でも……無理なんだ。その証拠にここを出てりゅうせいの元に帰っていく姿を見るたび、苦しくてたまらないんだ。他に好きなヤツがいるというのならその時は祝福するし、決して邪魔はしないからどうか好きでいさせてくれないか」

となりで小刻みに震えているコハクの手を握り、彼女からバトンを奪い取った私が話す。

「聞き捨てならないわね。あなた『他に好きなヤツがいるというのならその時は祝福するし、決して邪魔はしないからどうか好きでいさせてくれ』なんて女の子を前にして本気で言ってるの? それがどれだけこの子をバカにした残酷な言葉なのか、わかってないでしょ。そんな風だから柔道も中途半端で未だにコハクに投げられてるのよ。りゅうくんにあれだけのタンカ切っておいて自分のことになると保身に走るわけ? だらしないったらありゃしない。誰にも渡したくない位のこと、言ったらどうなの? それともそこまで本気じゃないのかしら?」

「そんなことない! 『りゅうせいと同じ家に帰るって考えただけでどうにかなっちまいそうだからだから考えないようにしてる』ってさっきも言っただろ? 本気じゃなかったらこんな気持ちにならないし、でもこんなこと伝えてコハクさん傷つけてしまったらと思うと……」

「コハクが傷つくかどうかなんて詭弁よね、そんなの気持ちを伝えて万が一断られた時に傷つかない為の保険じゃない。 りゅうくんに放った言葉だって、自分が口に出来ない気持ちのもどかしさを投影させてぶつけたようにしか私には感じられないんですけど?」

「ユヅハ、もうやめよ。たくみんはいろいろ気がまわる優しいヤツだから、きっといっぱいいっぱい考えて誰にも傷ついて欲しくないだけなんだよ」

自分の話になって黙っていたコハクが辛抱たまらなくなって口をはさむ。

「いいえ。たくみ君とコハクがここで稽古している時、彼はあなたに対して確実に手加減している。気遣いのつもりなのかもしれないけれど、そんなことをしていったい誰のためになるの? 真面目に一生懸命稽古している相手に『相手は女子だから』と投げられてあげることが優しさだと私は思わない。コハク、あなたもよ。甲村師範の元で学んできて、相手の力量がわからないはずがないでしょう? それをわかっていて黙っているなんて柔道をバカにしているとしか考えられないわ。自分自身の反省を含めて言わせてもらうけれど、そんな浮ついた心で怪我でもされたら迷惑だから二人とも辞めたら?」

「ちょっと! いくらユヅハでも言っていいことと悪いことがあるよ。そこまで言われる筋合いはないと思うけどね!」

「道場を預かる身として当然のことを言っているつもりだけど? 否定したいのなら二人とも私の前で本気で立ち会ってみなさい、見ててあげるから」

すっくと立ちあがり、二人は道場の真ん中へと歩いていく。厳しい言葉を掛けながらも両の手は拳を握り、思いを押し殺している柚子葉ちゃんの気持ちが向かい側に座っている僕には痛いほど伝わってくる。立ち合い審判として立ち上がろうとした彼女の手を両手で握り

「一人じゃないよ。心も手を繋いでいるから」

そう伝えると穏やかに微笑んで立ち上がり、二人の方へ歩いて行った。

#創作大賞2024#漫画原作部門


重度のうつ病を経験し、立ち直った今発信できることがあります。サポートして戴けましたら子供達の育成に使わせていただきます。どうぞよろしくお願い致します。