やまゆり園の事件から3年が経った

植松聖容疑者は重い障害を持った方から殺害した。19名の方が亡くなった。彼は元職員で、働き始めた当初、利用者(施設を利用している障害者の方)さんをかわいいと言っていたそうだ。施設で働いていて思うのは、利用者さんは、はじめはお客様扱いしてくれる、ということだ。そのうち、施設にいることが当たり前になると、そりゃあ、それぞれの意思を主張してくる。やりとりを求めてくるのだ。人対人として当然のことだ。私たちの仕事は感情労働であり、支援者側の感情をいかに制御して、利用者さんの充実した暮らしを保障していくか、ということにつきる。毎日が行。ここに生きがいを感じていくことができる者しか長続きしない。専門職として誇りを持たねば、私たちが持たない。

彼は一方的に支配したかったのだと思う。支配するは、暴力、恐怖、不自由さ、威圧、独善の態度だろう。娘たちはお兄ちゃんがいるのでわかるだろう。どんなに重い障害を持っていてもその子の意思を摘むことはできない。私たちはやりとりの中で彼の意思をすくいあげる作業を当たり前としている。人を支配してはならない。人として、文化として、下等な行為なのだ。

もう一つ。彼は人の生命を評価して裁いた。家族は他人の評価、外にある何かではなく、自分の中にある何かとして受け止めているにもかかわらず、だ。それは自分を構成している何か、なのだ。もっと内側にあるものなのだ。ここを尊重してほしいと強く思う。

動物は弱ったものを置き去りにして群れを移動する。人間はそうではないだろう。それが文明であり進歩だろう。


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