見出し画像

悪いヤツをやっつけてはいけない話

どうも!しんたろーたりーと申します。 営業マン歴13年ナンパ歴14年のトークスキルを活かしてvoicyのパーソナリティをやっております。

本日は、「自分は絶対に悪にならないと思っていることがいかに危険か」というお話をしたいと思います。

突然ですが、皆さん、自分は悪いことをしない、悪にならないと信じていませんか?それが、実はとても危険な思考なのです。

例えば、イスラム教の人たちの生活習慣について考えてみましょう。彼らの中には、女性が肌を隠すという厳しいルールがあります。たとえば、ビジャブ(ヒジャブ)という黒い布を付けない若い女性がいた場合、これは神への冒涜とみなされ、厳しい罰を受けることがあります。これが罪になるかならないかという議論もありますが、ポイントはそこではありません。

重要なのは、イスラム教徒にとって、神への冒涜が絶対悪とされていることです。彼らはこの絶対悪に対して非難し、時には過激な行動に出ることがあります。この行動を見たとき、あなたはどう思いますか?

多くの人は「そんなことは絶対にしない」と思うでしょう。しかし、ここに大きな問題が隠れています。イスラム教徒にとって、神への冒涜が絶対悪であるように、私たちもそれぞれの絶対悪を信じて行動しています。

例えば、イスラム教徒が信じる絶対悪に従って、その少女を非難し、暴力を振るうことを「正しい」と信じているとします。これをあなたはどう評価しますか?もし、あなたも自分の絶対悪に従って行動するとしたら、同じことをしているのではないでしょうか?

このように考えると、私たちが信じている絶対悪というのが、実は非常に主観的であり、その信念に基づいて行動することが必ずしも正しいとは限らないことに気づかされます。

私たちは自分の信じる正義や絶対悪を基に行動しがちですが、それが他者にとってどう映るのかを考えることが重要です。絶対的な正義や悪など存在しない、という視点を持つことで、少しでも他者の立場や考えを理解することができるようになります。

これは単に宗教の話に限りません。日常生活の中でも、自分の価値観や信念が絶対的に正しいと思い込むことは危険です。例えば、仕事の中での判断や友人関係においても同じことが言えます。自分の価値観を押し付けることなく、他者の意見や立場に耳を傾ける姿勢が大切です。

今日の話の結論として、自分の信じる正義や絶対悪に対しても常に疑問を持ち、柔軟な思考を持つことが重要だということです。これが、対立や摩擦を減らし、より平和で理解し合える社会を築く第一歩になるでしょう。

下記音声配信では、さらに詳しくこの話が聴けます。ぜひ聴いてみてください。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?