龍神物語②:巫女と白龍

「私も・・・じいさまの言葉に氣付かせてもらいました。」

童の後ろにいた母親は息子の肩にそっと手を乗せてつぶやいた。

「自分たちだけが幸せであれば
他の村がどうなっても関係ない。
恥ずかしいお話ですが、さっきまでそう思っておりました。
巫女さまも白龍さまも私たちのもんだ!
よそに持って行かれるだなんて
悔しくてたまらない!
そんな強欲なことを思っていたのです。
でももし、私たちの村がタカの村と同じような状況であったとき
同じ人間が助けてくれたなら
こんなに心強く嬉しいことはない。
そう思い直しました。
この村が何百年も豊かに争いもなく続いてこれたのは
白龍さまがお守りくださっていたからこそ。
あとは私たち人間が、互いに手を取り合い寄り添って生きていけば
きっと豊かさはなくならないと信じています。
どうぞ白龍さま、巫女さま、
タカの村をお救いください。
そしてこの村のように幸せにくらせる人々を増やしていってください」


母親はそう言い終わると頭を下げた。
その姿を見て、童も母親と同じように頭を下げた。

「人間、誰しも欲はあるもんじゃ。
じゃが強欲は人を壊してしまうもの。
お互い様で生きていくことが
わしらの使命なんじゃろうのう」

氣付くとタカは嗚咽を漏らし
ありがとう・・・・
ありがとう・・・ございます・・・
と涙ながらに頭を下げていた。

ところがそれまで大人しく話を聞いていた血氣盛んな若者
五助が
すっくと立ち上がりこう叫んだ。

「おめぇは一生の恩をこの村に返すと言ったでねぇか!
その約束をこんな風に仇で返すのか?!
おめぇひとりでこの村から出て行ってくれ。
ああ、この村を散々引っかき回すやつぁ
もうこの村にはいらねぇ!」

すると身体のひときわ大きな男が立ち上がった。
郷二郎だった。
郷二郎はその大きな拳で五助の頭をゴツン!とぶん殴る。

「馬鹿やろう!
五助、てめぇは自分の損得しか見えてねぇのか!
そんな心根の腐ったやつはこの村にはいらねえ
てめぇこそ出て行ってくれ!」

郷二郎はさらにそこにいた全員をぐるりと見渡して

「おめぇらもそうだ。
白龍さまと巫女さまに助けられた恩を
今度は俺らが返す番じゃねぇのか?
イヤならここから出て行ってくれ。」

そういうと郷二郎はドッカと床にあぐらをかいて座り直した。

「くそう・・・
やってらんねぇ!
ああ、出て行ってやる!」

五助はドカドカと大きな足音を立てながら屋敷から飛び出していった。


その五助に続いて数名の男たちが立ち上がり
「お、俺らも行くべ・・・」
と後を追っていった。

「待って!」
と巫女は立ち上がったが
郷二郎は巫女の前に手を広げてそれを止めた。

「巫女さま。分かってるべな。
この決断は俺たちの総意がなくてはダメだ。
ひとりでも心が違えるものがいたら
後々の火種になるかも知れねぇ。
それに・・・」

郷二郎は五助たちが出て行った方を見ながら

「あいつらの性根が悪いのはわかってた。
巫女さまは知らねかったと思うが
影に隠れてタカを己の都合の良いようにこき使ってたんだ。
わらしの頃の悪さとは意味が違う。
大人になってまで自分が楽をして得をすることばかり考えるやつらだ。
このことがなかったとしても
いずれはあいつらの行いは問題になってたはずだ。」

郷二郎は巫女に向き合いもう一度言った。

「巫女さまも自分がしたことの責任を取ってくれ。
そして必ずタカの村を救って戻って来てくれ。
いや、戻らなくてもいい。
必ずたくさんの村人を幸せにしてあげてくれ。」

その言葉を聞いてタカはオイオイと声を上げて泣き崩れた。

「わかりました。
私が選ぶ道を白龍さまも尊重してくださるとおっしゃいました。
私は必ずタカの村を救い、何人(なんぴと)も幸せにすると約束します。」

しっかりと声を張って巫女は答えた。
白龍は巫女のそばにぴったりと寄り添う。

「明朝、陽が昇る前に出立する。
みなのもの、世話になったな。」

白龍さま!巫女さま!
お名残惜しいです!
待っていますよ!
頑張ってくださいね!
タカ!巫女さまと白龍さまを必ずお守りするんだよ!

涙がとめどなく流れる中
みな最後の時間を噛みしめるように慈しんでいた。

翌朝、まだ陽が昇る前に、巫女とタカは出立した。
白龍は空を飛び旅の安全の道を示してくれる。

「巫女さま。本当にありがとうございます。
こんなことになるとは
俺もまったく思っていなくて・・・」

タカは申し訳なさそうに何度も頭を下げた。

「もうよしてください。
決心をしたのは私なのですから
これからはタカの村のことだけを考えていきましょう。
私たちの村は大丈夫です。
きっと今までのように豊かな村でいてくれると信じています。
それに・・・」

「それに?」

巫女は少し頬を染めてタカの顔を見つめた。

「タカを助けなければいけない。
そういう、いてもたってもいられない氣持ちになったのです。
なぜだかは分からないのだけど・・・」

タカは少し驚きながらも
巫女のその氣持ちが嬉しくて
心が軽くなっていった。


いくつもの山を越え
沢の水を飲み、乾し飯をたべ
洞窟や草の葉の布団にくるまれて眠り
歩き詰めの足のマメが何度も潰れて
それでも弱音を吐かない巫女の姿に
タカはその意思の強さを改めて感じていた。

どれくらいの朝と夜を過ごしたのか
とうとうタカが住んでいた村に着いた。

そこには・・・・

荒れ果てた田畑と水が涸れた井戸
そして食べるものを探して家の漆喰壁をも口にする人々の姿があった。

「これは・・・」

巫女は言葉に詰まった。
今まで自分が見てきた世界は
なんと小さく狭かったのかと思い知らされた。

「巫女さま。俺が住んでいた家はここです。
今日はひとまずここで休んで・・・」
「いいえ!
先に雨を降らせましょう。
水をこの人たちに与えなければ
明日の命も知れません。」

そういうと巫女は井戸の近くにより
白龍を呼び出した。
白龍はすぐに巫女の隣にやって来る。

旅の草履を脱ぎ裸足になり、神技の鈴を取り出した。
何度も潰れた足のマメからは血がにじんでいたが
そんなことに構っているヒマはなかった。

何事が始まったかと村人たちは好機の視線を向けていたが
もう動く力もない。

巫女は井戸をぐるりと回りながら

「あー・ちー・めー・・・
おーおーおーおー
おーおーおーおー

天地(あめつち)に来揺らかすはさ揺らかす
神わかも神こそは来ね聞こう来揺らならは・・・」

凜と鈴を鳴らし、祝詞歌を歌い舞った

白龍はその節に合わせ天へ登り
うねうねと身体をくねらせた。

「魂筥(たまはこ)に木綿取り(きゆとり)しでは魂ちとらせよ
御魂上がり魂上がり(みたまがりたまがり)ましし神は今ぞ来ませる
あー・ちー・めー・・・
おーおーおー
おーおーおー
御魂みに去(い)ましし神は今ぞ来ませる
魂筥持ちて去りくりし御魂 魂返しすなや」

白龍は歌に合わせながら
何度も何度も身体を回転させ
その早さは龍の姿すらも見えないくらいになっていた。

祝詞歌が歌い終わった直後
真っ黒な雲が辺りに広がり
あっという間に土砂降りの雨が降り注いだ。

「あ・・・雨じゃ・・・雨が降ってきたぞ・・・」

雨だ!雨が!
ああ、龍神さまが雨を降らせてくださった!
なんとありがたい。ありがたい!



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