龍神物語③:巫女と白龍

土砂降りの雨のなか、泥にまみれながら
生き残った村人たちは次々と外にやってきた。

みな大きく口を開け、雨水を全身で受け止めている。
その顔は雨と土と涙でぐしゃぐしゃになっていたが
喜びに満ちあふれているのは一目瞭然だった。

雨はしばらく降り続けるだろう。
その間に・・・と
巫女はタカの家に上がり
竈に火を熾して湯を沸かすようにした。

「私たちが持っている乾し飯は
ここの人たち全てに行き渡る量はありません。
この乾し飯を鍋で煮てお粥にすれば
みんなに食べ物が行き渡ります。」

タカも自分の荷物の中から
乾し飯と干し肉を取り出し
小さくちぎりながら鍋の中に入れた。

そして動ける村人たちには家に来てもらい
動けない人へはタカと巫女がそれぞれお粥を届けにいった。

久しぶりに食べた食事なのだろう。
みな涙を流しながら、それでも大事に大事に器を抱え
ゆっくりと食べていた。

しかしお粥は今回の分で終わりだ。
明日からの食事をどうするのか?

すると白龍が戻って来て

「山向こうから獣を捕ってきたぞ。
これを使うがよい。
明日もまた狩りにいってこよう。」

と、イノシシとウサギを一頭ずつ咥えて来てくれたのだ。

こうしてタカと巫女は食料を村人たちに分け与え
看病をし、徐々に村人たちは元氣を取り戻していった。

元氣になった村人と力を合わせて
田畑を耕し、巫女の村から持ってきた作物の種を植え稲を育て
そうして自分たちの力で生活が出来るようになるまで
タカと巫女はこの地に留まることとなる。
白龍は狩りを続け天候の安定を司り
タカと巫女は夫婦となった。



時はタカたちが村に落ち着く少し前に遡る。

巫女の村から飛び出した五助とその数名の男たち
たろ助、げん太、与次郎は
水と食料を持って山に入っていた。
もちろん家の中にあった備蓄の食料を
勝手に持ち出したものだ。

「なぁ五助。これからどこへ行くんだ?」

無言で山を分け入ってどんどん歩く五助に
一緒に村を出た、たろ助が声を掛けた。

「たろ助、俺に考えがある。
西に行くと都があると聞いたことがあるだろう?
たまに行商にくる伝助という男から
都の話を、うんと聞かせてもらってたんだ。
都はいいぞ。あんな泥まみれにならなくても
いい着物を着て、いい物を食べて
いい女も山のようにいるんだと。
俺たちの村は食べるものはいっぱいあったが
それだけだ。
もっともっといい暮らしが都では出来るんだ。
なあに。俺たちの力があれば毎日贅沢し放題だ。
あんな汚い暮らしはもう、うんざりだ。
これからは楽に贅沢をし尽くしてやるんだ。」

五助の言葉に、たろ助、げん太、与次郎は
「おお!都ってのはそんなにいいところなのか!
俺も毎日くたくたになるまで畑の仕事をしなくていいんだな。
楽しみだなあ、おい!」

五助はニヤリと笑い

「いや、ただ都に行くだけだとそうもいかねえ。
だが俺には切り札が在る。」
「切り札?」
「んだ・・・まあ、任せておけって。」

こうして五助たちは西へ西へと向い
幾日もののちにようやく都にたどり着いた。

「五助・・・都って、いやあ!こんなに人が多いんだなあ!」

たろ助は口をあんぐり開けながら
辺りをキョロキョロ見回している。

五助は行くあてがあるのか
人波の中をどんどん進んでいく。
それに遅れないように他の三人はついていくのに必死だ。

「五助、どこへ行くんだ?」

五助は三人を見ながら、ふふんと鼻を鳴らした。

「前に伝助から、都の店の場所を教えてもらったんだ。
面白いものがあったらいくらでも買うからってな」

「お、面白いもの?」
「んだ。まあ、あの村に面白いものなんて
たいしてありはしないが
面白い話なら・・・・買ってくれるかも知れねぇからな。」

行商人、伝助が教えてくれたその店は
相州屋という小間物問屋だ。
そこで仕入れた品物を売り歩いているのだが
巫女の村の話を相州屋の主に話したら
とても興味を持っている。
だから都へ出てくることがあったら
ぜひ主に会って貰いたい。
そう言っていたのだ。

そしてついに五助は小間物問屋
相州屋を見つけた。
予想よりも大きな店で、五助たちは少しひるんでしまったが
腹をくくって店に入っていった。

「ごめんくだせぇ。」

店には小僧がひとり店番をしていた。

「はぁ~い。いらっしゃいませ。」

小僧はいそいそと五助の前にやってきた。
が、汚れた着物に汚れた手足。
小僧は一瞬眉をひそめたが
そこはお店で働く小僧である。
すぐに愛想笑いを浮かべて腰を低くした。

「俺たちは巫女の村のもんだ。
ここにいる伝助さんに会いに来た。」

小僧は一瞬考える表情をしたが
巫女の村と聞いて何かを思い出したようで
「ああ、伝助さんの。少しお待ちくださいませ。」
そういうとそそくさと店の奥へ消えていった。

五助の後ろに隠れるようにしていた三人は
「五助・・・大丈夫だべか。」
と不安そうな顔をしている。
実は五助もほんの少し不安な氣持ちになっていたが
巫女の村。と言うと主人に話を通しにいったのだ。
おそらく大丈夫だろう。

しばらくすると奥から主人が出て来た。
村へ来た行商人の伝助はいなかった。

「あの、、、伝助さんは。」

すると貼り付けたような柔和な笑みを浮かべた主人が
「伝助は今も行商に行っておりますでな。
ここにはおらんのです。
私はこの店、相州屋の主、惣兵衛と申します。
しかし巫女の村の話は聞いておりますよ。
あの村の特別な話を・・・ね?」

そしてぱんぱんと手を叩くと奥に声を掛けた。
「おーい。足をすすぐ桶を持ってきなさい。
ささ、ここで足を洗って奥の座敷へどうぞおあがりください。」

五助たちは戸惑いつつも
水を張った桶で足を洗い
着物に付いた泥をはたいて奥の座敷に通された。

「いまお茶を持ってこさせますからな。
どうぞおくつろぎください。」

「さて、わざわざ巫女の村から来られたのですから
たいそう面白いものをお持ちになられたのではありませんか?」

五助は目の前に出されたお茶をぐいと飲んで
「いや、物ではねぇんだ。
今日ここへ来たのは、ちょっくとお前さん方が興味を持つ話を持ってきたんだ。」

惣兵衛はぴくっと眉を上げて
「ほう・・・興味を持つ話、ですと?」

五助はごくりとつばを飲み込み勢いこう言った。

「龍だ。巫女の村の白龍の話だ。」

惣兵衛はニヤリと笑みを浮かべると
「巫女の村には白龍がいると伝助から聞いておりますよ。
そのおかげで村はいつでも豊かなのだと。
それで、その白龍がどうされたんですかな?」

「ああ、巫女の村の白龍は今まで村の外に出ることは出来ないと思っていた。
だが少し前にちょっと騒動があって
白龍が別の村へ行くことになった。
あの村から出られることがわかったんだ。」

「ふむふむ。」
惣兵衛は、つい・・とあごに手を当てて少し声を低くした。
「つまり・・・今まで巫女の村が独り占めしていた白龍を
動かすことが出来るのがわかったと・・・。」

五助はコクコクと頷いた。

「なーるほど・・・これは確かに面白い話ではありますな。」

惣兵衛はしばらく考えに浸っていた。

五助たちは目の前に置かれた珍しい菓子に手を伸ばしていいものか
食べて大丈夫かとチラチラ見ている。

「ああ、どうぞ遠慮なさらずお召し上がりください。」

巫女の村を出てからというもの
持ち出した備蓄だけでは足りず
山暮らしでろくに食べることが出来なかった四人は
惣兵衛の言葉にがつがつと菓子を食べ始めた。
腹が減って仕方なかったのだ。

惣兵衛はその様子をじっと見て
また小僧を呼び
「この方たちにな、食事の用意をして差し上げなさい。
それから湯も使わせてあげるように。
ああなに、遠慮はいりませんよ。
面白いお話の代金とでも思ってくだされば。」

五助たちは小僧に連れられて湯に入り
満腹になるまで食事をご馳走になった。

その間、惣兵衛と会うことはなかった。

惣兵衛は、とある屋敷へと赴いていたのだ。

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