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アートアニメへの異常な愛情 または僕は如何にしてアート・オブ・ノイズを知るようになったか

ポーランドの映像作家であるズビグニュー・リプチンスキのことを初めて知ったのは、2003年に刊行された『世界と日本のアニメーションベスト150』という本だった。東西のアニメーション作家、監督を中心とした業界関係者にアンケートを取り、ベストアニメーションを決めようじゃないか、という企画。その結果がランキング形式で紹介されている本であった。

ロシアの切り絵アニメーション作家ユーリ・ノルシュテインの『霧に包まれたハリネズミ』を皮切りに、古今東西長編短編入り混じって様々な作品が紹介されていた。ディズニー作品やジブリアニメのような誰でも知っている作品から、マニアックな短編作品、ミュージックビデオまで、アニメーションという技法を使っていさえすれば何でもいいというランキング。ここのnoteでは何度か言及しているように無類のアートアニメマニアだった僕ですら見たことがないような作品も並んでいる充実のラインナップだった。そんな、「僕ですら見たことがないような作品」のひとつが、80位ぐらい(うろ覚えである)にランキングされていた、ズビグニュー・リプチンスキの『タンゴ』だった。

画面写真が1枚と、短い文章で紹介されていた未知の作品。アカデミー賞の短編アニメーション賞を受賞した作品であること、どうやらたくさんの写真を合成して作った10分程度のアニメであること、1982年の作品であり、デジタル合成の元祖とも呼べるような作品であること、デジタル合成とはいえ作業はアナログな部分も多く途方もない労力で作られた作品であること…。短い紹介文だったが、ランキングの中では他にもいくつもあった未見の作品(マニアだったので、ランキング150のうち8割くらいは既に履修済みだった)の中でも『タンゴ』は特に目を引いた。み、観たい…!!しかし当時はまだ今のようにこういった作品がyoutubeに公式で上がっているような時代でもなく、こんな古い短編アニメーション作品なんかを上映するようなイベントがあるわけもなく、僕にはこの作品を見る手段がなかった。そんな中、たまたま入った池袋のタワーレコードのDVDコーナーの端っこに、ズビグニュー・リプチンスキの作品集が置いてあるのを見つけたのだ。僕は歓喜した。財布の中身をチラ見して、すぐにレジに持って行って購入した。

とうとう観ることが出来たリプチンスキの作品は、一言で言うならば「どうやって撮ったんだコレ?」のオンパレードだった。今なら「CGです」の一言で片付けられるような映像たち。でも1980年代にこれを?どうやって?そんなびっくりドッキリ的な視覚効果をつかいながら、作品としてはシンプルに面白い。僕はすっかり彼の映像作品の虜になった。

他にはどんな作品を撮っているんだろう?どんな経歴の人なんだろう?インターネットで彼の名前を検索する。当時はまだWikipediaにも英語のページしかなかった。義務教育止まりの英語力で読み進めてみると、どうやらミュージックビデオも多く手掛けているらしい。ジョン・レノンの『イマジン』、ペットショップボーイズの『Opportunities』、何だよすごいアーティストの曲もやってるじゃないか。ミュージックビデオならyoutubeにもあるかもしれない。僕はひとつひとつアーティスト名と曲名を検索して見た。ミュージックビデオもトリッキーな仕掛けを効果的に使って、「どうやって撮ったんだ?」みたいな作品が多く、きちんとらしさがあってどれも素晴らしかった。そうやって検索しているうちにたどり着いたのが、アート・オブ・ノイズの『Cloce(to the edit)』という曲だった。

最高のミュージックビデオだった。真ん中に置かれたピアノを中心に、チェーンソーを持った男たちがぐるぐると回る。実写映像をベースにした映像だが、コマ落としを多用してギクシャクとコミカルな動きを演出している。そうかと思えばところどころにスローモーションも併用して、見ているこちらの時間感覚を狂わせるような作品だった。曲もチェーンソーの音や人間の声をサンプリングしてピコピコした音と合わせたヘンテコな曲で面白い。ズビグニュー・リプチンスキからアート・オブ・ノイズに興味はシフトしてゆく。ネットで検索してみると、どうやらデジタルサンプリングを用いた楽曲作りの草分け的な存在らしい。シングル曲『Legs』はMr.マリックの登場する時のテーマ曲だと書いてあった。あの曲の人か!これはタワーレコードに舞い戻る案件だ。僕はタワレコまで出向くとCDを手に取り購入した。奇しくもそれはリプチンスキの手がけたミュージックビデオのDVDもセットになっているCDアルバムであった。

ポーランド短編アニメーションを調べているうちにイギリスのアーティストの音楽CDにたどり着く、「風が吹けば桶屋が儲かる」のような連鎖で僕はアート・オブ・ノイズを知った。こういう出会いはなかなかないものだ。今だったら、アート・オブ・ノイズまではたどり着いたとしてもCDを買うまでには至らなかったろう。あの時代、あのタイミングだったからこその出会いだ。こういう縁を逃さないためにも、好きだと思えるものを大切にする気持ちはいつまでも忘れないでいたいものだ。


ズビグニュー・リプチンスキ『タンゴ』ダイジェスト
https://youtube.com/watch?v=WcySR3RmenE&feature=shares

アート・オブ・ノイズ『Cloce(to the edit)』MV
https://youtube.com/watch?v=-sFK0-lcjGU&feature=shares

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