ショートコント：「謝罪」

「謝罪」はホントに難しい……。
マイペースな後輩の報告に、いいように翻弄される先輩。
二人の仕事の行方は？

〔登場人物〕

先：先輩　謝罪の報告を受ける　下手（左側）
後：後輩　謝罪を報告する　上手（右側）

〔脚本〕

先：お前さあ、どんな謝り方したんだよ。
後：え！
先：先方、カンカンだぞ。
後：パ、パンダ？
先：カンカン、ランランじゃない！　日中国交正常化かよ。
後：パ、パンダ外交？
先：いや、だから違うって。
後：パンダ、じゃない……？　コアラ？
先：何連想だよ。
後：ほうれん草、ですか。報告・連絡・相談。
先：なんか話が戻ってきたな。とにかく、ちゃんと報告しなさいよ。
後：はい。先方を怒らせてしまいました。すみませんでした！
先：さっきからそのことを言ってるんだよ。
後：あー！　カンカンって、そっちの。
先：そっちのもどっちのもないんだけど、まあ、そっちだよ。
後：あの、（甲高い声で）カンカンカンカンっていう。
先：何の音？
後：え？　怒ってる時の音です。
先：はい？　怒ってる時に、そんな音する？　俺、今、カンカンって鳴ってるか？（怒りをにじませつつ）
後：あわわわ、先輩を怒らせてしまった。すみませんすみません！
先：いや、ふざけてるわけじゃないんだよな。
後：うちの父親が、怒るとカンカンカンカンって音がしてたもので。
先：え、何？　お前のお父さん、「ブリキの木こり」か何か？
後：どちらかというと、「臆病なライオン」タイプです。
先：『オズの魔法使い』は知ってるんだ。
後：はい！　バイブルです！
先：『オズの魔法使い』にそこまで入れ込んでる奴、初めて見たよ。
後：初めまして。よろしくお願いします。
先：初めましてじゃない！
後：すみませんすみません！
先：本題に入る前に、三回も謝ってるお前が、どうやって謝罪に失敗したんだよ。
後：失敗だったんですか。
先：だから、先方がカンカンだったって話を、さっきからしてるだろ。
後：パ……。
先：パンダじゃない！
後：すみませんすみません！
先：どれだけ謝るんだよ！　お前はもはや、シャザイマスターだな！　シャザインだな！
後：先輩、うまいですねー。それはジェダイマスターに掛けてるんですよね？　褒められちゃった。
先：そういうところ、説明するんじゃない！
後：あ、でも、シャザインは、ヒャダインに掛けてるんだ。あんまり褒められてないな。
先：失礼なこと言うんじゃないよ！　ヒャダインはすごいんだぞ。
後：ヒャダ「イン」はすご「いん」ですね！
先：うるさいよ。
後：その辺り、詳しく。
先：えっ？　なんか、ゲーム音楽のアレンジとか……あれだ！　ニコ動界のジェダイマスターみたいなもんだよ。
後：ほー！　分かりやすいですね！
先：お前、馬鹿にしてるだろ。
後：いや、そんなことないです。すみませんすみません！
先：いい加減、本題に入ってくれよ。
後：うちの父親の話ですか？
先：そうじゃなくて、先方との間に何があったのかが先だよ。
後：じゃあ、後でうちの父親の話を？
先：聞いてほしいなら聞いてやるよ。
後：いや、全く！（力強く）
先：だったらその話題、掘り返すなよ。
後：掘り返す？　何か埋めたんですか？
先：埋めてない！
後：もしかしてタイムカプセルですか！　僕も埋めたなー。
先：何の話だよ！
後：まだあと十年の我慢ですね！
先：お前が「我慢」とか言うな！　掘り返すっていうのは、喩えだよ、喩え。
後：タ・ト・エ？　タ・アンド・エ？
先：もう何か、お前に意志を伝えることが不可能な気がしてきた。
後：先輩！
先：あ？
後：ファイトです！
先：（溜め息をつく）お前、裏表はないんだけどな。
後：え？　ありますよ。
先：さらっと言うと、誤解を招くな。裏表って、外見の話じゃない。中身の話だよ。
後：中身？　見えるんですか！
先：あー、もー、俺が悪かったよ。ごめんな。
後：すみません！　悪いのは僕です。先輩を謝らせてしまうなんて。
先：いいから、とにかく、謝罪の件を報告してくれ。
後：ええと、どこから話しますか。
先：初めからだよ。
後：……おぎゃあおぎゃあ。（赤ん坊のフリ）
先：ちょっと待て。それは何かな。
後：産まれました。玉のような男の子です。
先：いや、そんなこと聞いてない。
後：そういえば、玉のような、ってどういうことなんですかね。
先：お前、そういうの引っかかるのな。
後：何の玉だろ……。ああなるほど。遡っていくと、玉にたどり着きますね。
先：その話、やめとこう。
後：え、父親、出てきますよ。
先：やっぱり聞いてほしいんだろ。
後：いや、全く！（力強く）
先：だったらその話題、蒸し返すなよ。
後：蒸し……返す？　蒸しておきながら、返す……？　焼き餃子ならまだしも、蒸したものを……？　シュウマイ？　肉まん？　先輩、蒸し返せません！
先：いや、だから、蒸し返すな、って言ってるんだよ。もういいよ、話を戻して。
後：……おぎゃあおぎゃあ。（赤ん坊のフリ）
先：悪かった。そこ飛ばそう。
後：ええと、首はどうします？
先：く、首？
後：すわる前にします？　それとも、すわった後？
先：刻むねー。
後：首を？
先：時間だよ！　もう！　お前を首にしたくなってきた！
後：先輩にはその権限、ありませんよ。
先：（怒りと苛立ちを滲ませつつ）ぐっ……。もういいよ、早く謝罪の話をしてくれ。
後：分かりました。……はっはっはっは！　あ、すみませんすみません！
先：（割って入るように）ちょっと待て。突然すぎて、状況が分からん。
後：ああ、切符を買おうとしたら、後ろの人に怒られたんです。
先：お前さ、謝罪に行く途中で、また新たな怒られが発生してんの？
後：僕が悪かったんです。並んでる間に、運賃を確認したり小銭を用意したりしなかったから。
先：いや、お前、PASMO使ってたよな。
後：それが……チャージしようと……財布を見たら……（笑いをこらえる）中に……小銭しかなかったんですよ。（爆笑）
先：お前、何でそこで笑えんの？
後：ここ？　会議室で笑っちゃまずかったです？
先：場所の話じゃない。（溜め息をつく）ほんと、お前と話してると疲れるわ。
後：（丁寧且つ柔和に）お疲れ様です。
先：（深い溜め息）本当に疲れるよ。
後：帰った方がいいんじゃないですか。
先：そのためにも、早く報告してくれ。謝罪のシーンまで飛ばして。
後：電車の中のシーンは？
先：いらない。飛ばせ。
後：本当に、いいんですか。後悔しません？
先：何があったんだよ……いや、聞かない。興味ない！
後：では。（咳ばらいをし、おもむろにナレーション口調で）「自動ドアを前に、緊張が最高潮に達する。彼は今まさに、史上最大の大ばくちに挑もうとしていた。」
先：誰？
後：ウィーン。「心の中で戦いのゴングが鳴り響く。」（ファミマの入店音を口ずさむ）
先：え、どこ？　ファミマ？
後：汗かいたんで、飲み物を買いに。
先：戦いのゴングは？　何の戦いだよ？
後：「一番くじ」を買うので。
先：飲み物は？
後：そんなことより、運試しが先です。
先：（溜め息）分かった。先、行こう。ファミマ出て、仕事しろ。
後：（自動ドアが開くジェスチャー）ウィーン。「ありがとうございました」（ファミマの入店音を口ずさむ）
先：店から出たのね。
後：（自動ドアが開くジェスチャー）ウィーン。「自動ドアが開いたその瞬間、第二ラウンドのゴングが鳴り響いた」
先：ナレーション、いるか？
後：「一直線に、そこへ向かって歩みを進める」（女性の声で）「こんにちは。お約束ですか。こちらにご記入ください」
先：受付？
後：（チャラいキャラで）「君、かわいいね。こんなところで何やってんの。」（女性）「受付です。」
先：誰！
後：（チャラ男）「今日、仕事何時まで？　飲みに行こうよ。」
先：お前の仕事はどうしたー？
後：（野太いイケ声で）「随分、待たせるじゃないか。」（チャラ男）「ぶ、部長！　すみませんすみません！」（部長）「巌流島の小次郎の気分だよ」
先：いきなりの対決ムード。最悪の状況じゃないか。
後：先輩。
先：あ、戻ってきた。
後：「ガン・リュージマ・ノコ・ジロウ」って何ですか。
先：「ノコ・ジロウ」って何だよ。
後：僕が聞いてるんですけど。
先：（溜め息をつく）宮本……。
後：あ！　分かりました。
先：分かったの？　早押しクイズみたいなやつだな。
後：駿・氏？　宮崎？
先：え？
後：「見せてあげよう！ラピュタのいかずちを！！」（『天空の城ラピュタ』ムスカ）
先：なになになに？
後：「君のアホ面には、心底うんざりさせられる」（『天空の城ラピュタ』ムスカ）
先：いやいや、なんで、急に俺がディスられてるみたいになってんの？
後：ほんとですよね！　ムスカ、許すまじ……！
先：……もういいよ。続き行け、続き。
後：ええと、何でしたっけ……。（チャラ男）「ぶ、部長！　すみませんすみません！」（部長）「ノコ次郎の気分だよ。」
先：「ノコ・ジロウ」じゃねえ！
後：（チャラ男）「部長、すぐにそちらに伺おうとしていたんですが、この女性のせいで。」
先：最悪だな。
後：（チャラ男）「この女性が、あまりにも魅力的なせいで！」
先：そっちか！
後：（部長）「ますます許すわけにいかないな」
先：ほらー。
後：（女性）「パパ！　私たち、何も……」
先：え、親子？　そういう展開？
後：（部長、いやらしい感じで）「ここでパパと呼ぶんじゃない。夜まで待ちなさい」
先：夜の親子！
後：（チャラ男）「今日は、先日の件で謝罪に来ました。……来ましたが……そんなことは、どうでもいい。運命の人を見つけてしまいました」
先：え？　謝罪は？
後：（チャラ男）「部長、いや、お父さん！」
先：本当のパパじゃないよー。
後：「まんまと盗みおって」（『ルパン三世 カリオストロの城』銭形警部）
先：いきなり誰のセリフ？　部長？
後：いえ。部長は怒ってました。
先：じゃあ、誰？
後：社長です。
先：どうなってんだよ。
後：「奴はとんでもないものを盗んでいきました」
先：「あなたの心です」じゃねえ！　この、給料泥棒が！　謝罪しに行ったんじゃないのかよ。
後：じゃあ、どうすればよかったんですか！（逆ギレ）
先：普通に謝ればいいだろうが！
後：あー！　謝ればよかったんだ！
先：（深い溜め息）お前を謝罪に行かせた俺のミスだよ。
後：元気出してください。誰にでもミスはありますって！
先：お前が産まれてきたこと自体がミスだよ！
後：それは、僕のミスじゃなくて、父親のミスです。
（幕）