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ショートショートシリーズ

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鵜川龍史のショートショート集。
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記事一覧

【ショートショート】バナナカーブ

 通販サイトでカーブミラーを買ったら、バナナが届いた。  カーブミラーを頼んだのだから、相当の大きさの段ボールで届くと思っていたら、アプリから「配達が完了しました」と通知が来た。大きすぎて、玄関前に放置されたのだろうかと思って外に出てみるが、何も見当たらない。ポストを開けると、メール便が届いていた。  リビングで中を改めると、紛うかたなきバナナだった。それも、真っ黒に熟した。配達人がつぶさなかったのが不思議なくらいやわらかく、甘ったるい南国の香りがリビングの隅々まで染み渡るよ

【ショートショート】フライング・クロス・スナイピング

 崖から半身を乗り出して下を見る。本当に、ここを下って行ったっていうのか。  情報を寄こしたKは、すねの傷が普通の悪人とは二桁違う。その分、扱っている情報の深さも、警察の小間使いをやっているような連中とはレベルが違う。  それでも、Kを信用しきったことはない。情報屋は裏切りと信用を自在にコントロールできなくてはならない。情報を提供して誰かの信用を得るということは、情報元からは不信の目で見られるということだ。だから、ギブアンドテイクのバランスを考えて情報を出し入れしている。  

【ショートショート】カラーコンタクトマン

「彼って、カラーコンタクトマンなのよね」  観覧車に乗っている時、彼女が突然そう言った。しみじみとした、感慨深げな言葉に、僕はどう返すのが正解だったのだろう。  そもそも、二度目のデートで観覧車になんか、乗るんじゃなかった。僕はあまり口の達者な方じゃない。ましてや、彼女と狭い空間で二人きり。緊張のあまり、何を話せばいいかわからなくなってしまった。それに加えて、自分が高所恐怖症だったということに、ゴンドラに片足を掛けた瞬間、気が付いた。散々並んだ後で、やっぱりやめようなんて言え

【ショートショート】スクワット委員

 担任の先生は、黒板に必要な委員を書き出すと、そのまま教室の後ろに下がった。生徒の何人かが口を開き、そのうち何人かが立ち上がり、しばらく話し合って、委員長と副委員長とが決まった。 「じゃあ、残りの委員、順番に決めていきまーす」  委員長は僕の後ろの席、はきはきして賢そうな女子だ。副委員長はメガネの男子。二人の仕切りで、話し合いはどんどん進んでいく。誰も余計な発言はしない。話し合いを邪魔することもない。  前の中学校とは全然違う。二年生に進級するタイミングでの転校だから、それほ

【ショートショート】炎上じいちゃん

 じいちゃんが炎上した。  医者から、DNA的にもうそろそろだろう、とは言われていた。だから、半月前から納屋に籠っていた。うちの納屋は、母屋から百五十メートルの場所にある。これだけ離れていると、中の声は全く聞こえない。  と言っても、納屋は家の裏手にあり、小学校は勝手口から行った方が早いから、毎朝、じいちゃんの前を通ることになった。僕が学校に行く時間は、もちろんじいちゃんも知っていて、その時間になると狙いすましたように喚き声とかうめき声が聞こえてくる。じいちゃんに一番かわいが

【ショートショート】オープン・ザ・ワールド

 転校生はむかつくやつだった。 「たまには付き合えよ。すごいもの見せてやるから!」 「何がすごいって言うんだよ」 「そんなの、見ないと分かんないに決まってるだろ!」  その景色は、俺がたった一人で偶然に見つけた。この世紀の大発見のおかげで、俺はクラスのリーダーになった。このいけ好かない転校生も、あの景色を見せてやれば、俺のことをリーダーと認めずにはおかないだろう。  その場所は、いつも遊ぶ裏山の先にある森の奥にあった。俺は、友だちが誰も遊べない時には、森に入って探検を楽しむ。

【ショートショート】会議の終わり

「俺、この会議が終わったら、結婚するんだ」  そう言っていたのは、同僚のジョンだった。  日本に来たのはおよそ十年前。その時は、本国で勤めていた企業の日本支社に転勤、ということになっていた。ところが、転勤先の会社は半年で倒産。財産も社会保障も失った。  路頭に迷っていた時に再会した元同僚の話によると、この会社はジョンがもともと勤めていた会社とは無関係だった。海外の企業向けに、日本支社の名義をビジネスでレンタルしている会社らしく、社員の受け入れもオプションサービスとして行ってい

【ショートショート】寿司の裏表

「大将、なんか面白い話、してよ」  カウンターに座る小太りの男の横には、厚化粧の女。二人ともに四十代半ばだが、夫婦といった雰囲気ではない。もちろん恋人でもなければ、職場の同僚でもない。 「そうやってすぐ、むちゃぶりするんだから」  女はグラスに残った白ワインを、飲むでもなく、ただ眺めている。カウンターの店は、隣に座る男を視界に入れなくていいという利点もあるが、太ももに伸びてくる右手を払いのけるのが面倒だという欠点もある。女はグラスをそのまま左側に置いた。グラスの縁に残った赤い

【ショートショート】どこを切っても

 金太郎飴の厚さはどのくらいが最適か。  金太郎が金太郎として表現されていれば、厚みは別に問題じゃない、という向きも、もともとの長い一本を半分に切っただけでは、それじゃ金太郎バーだよ! と文句を言うことだろう。そもそも、子どもが口にくわえたまま遊んでいて、こけて喉に刺さって、金太郎への恨みを募らせられても困る。金太郎には、憧れるべきだ。 「お父さん、まだ食べらんないの?」  それなら、逆に薄切りはどうだろうと思い、さっきからチャレンジしているのだが、金太郎の姿どころか、飴の体

【ショートショート】その拳で掴み取れ

 まるでサンドバッグだった。  彼が身に着けていたのが、灰色のロングケープ一枚だったせいもある。見た目はまるっきりサンドバッグだが、それでもこんな一方的な試合展開、観客の誰も予想だにしなかった。  空室だらけの雑居ビルの地下三階。何でもありの殺し合い。拳と金が乱れ飛ぶ、その狂乱の舞台で、今日がデビュー戦の最年少ファイターは、サンドバッグそのものだった。  金網に囲まれたリングの中で一方的に乱打しているのは、二十年前にボクサーを引退した四十五歳のファイター。筋肉の仕上がりは上々

【ショートショート】最後の一つのドミノを

 最後の一つのドミノを置き、全体を俯瞰するとき、何を思うのが正しいのだろうか。  それまで並べるのに掛けた長大な時間? それとも、何度も失敗を繰り返した難所?  一つのミスもなく全てのドミノが倒れてくれるか、改めて一つひとつの流れを確認してしまうかもしれない。  今の僕には分からない。  その風景を見ることができるのは、最後のドミノを置いたその時しかない。  だから僕は置くのだ。  まず、一つ目のドミノを。  だだっ広い部屋は、このためだけに借りた。バストイレ別のワンルーム。

【ショートショート】白球と白米

 炊飯ジャーから上がる湯気を見ていると、部屋を前奏曲の響きが満たしていくのを感じる。  空腹を感じて腹が鳴っているわけではない。それとは比べものにならないほどの豊かな響きが、この小さな部屋全体を震わせている。これから始まる食事という組曲がもたらしてくれる歓喜を予感させる、最高の響き。  テレビは、世界的な大会で、この国の代表チームが勝利したという話題で盛り上がっている。今朝、放送されていた試合の中継は、僕も興奮しながら見守った。おかげで朝食を食べるのを忘れてしまうほどに。もう

【ショートショート】超高層コロッケパン動画

 超高層ビルの屋上のぎりぎり端っこに立って、コロッケパンを食べる動画を撮影する。  満票で選ばれたのが、その企画だった。  学園祭のクラス企画で作るような動画じゃない、と文句を言いたいところだが、僕自身、一票を投じてしまったのだからしょうがない。ぎりぎり端っこに立つ人間をくじで選ぶとして、四十分の一の勝負に負けるような運の悪さは持っていないつもりだ。もしかしたら、目立ちたがりのバカが立候補してくれるかもしれない。目立ちたがりのバカなら、何人も取り揃えているのがうちのクラスだ。

【ショートショート】ストリート紳士

 横断歩道の反対側の信号が赤に変わった。道は、右から左に向かって下り坂になっている。右を見て左を見るが、車が来る様子はない。  もう一度右を向いたその時、カプセルが二つ、三つと転がってきて、目の前をかなりのスピードで通り過ぎていった。もちろん錠剤のカプセルではない。カプセルトイ、いわゆるガチャガチャのカプセルだ。  坂の傾斜は、そんなスピードが出るほどではない。道の先に目を凝らすが、反比例のグラフのごとく断崖絶壁になっていたりはしない。  その代わりに、と言っては何だが、スー