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理科離れや理系離れ

久しぶりのイレギュラーで、家から大事なzoom会合を司会した水曜日でした。こりゃ落ち着かない。金曜日は大雪で、また家からzoom会合x2。写真は風発実験の風景です。

中国の気球がアメリカで打ち落とされた。トルコでは大変な大地震。今朝はアラスカでも何かを撃墜?というニュース。

理科離れ・理系離れというキーワードで、よく考えたり話したりしたことがなかったなとふと気付き、あの手この手で調べていた一週間でもありました。

立場も論点も様々だが、義務教育の小・中で「理科離れ」になり、高校・大学で「理系離れ」になっていると広く問題視されている。

私がちょっとな…と、長年不満に思っていたことは、非日常であれ、謎解きの面白さで好奇心を刺激する強みは理科や理系に備わっているが、その強みは試験を課したり貸されたりを繰り返すうちに、答えのあるつまらない問題と解き方を暗記するゲームと化して弱体化していくことで、「将来、本当に役に立つの?」という疑問には自分も答えられないし、先生も答えられないこと。

分野の近いカール・セーガンが、何か端的にポジティブに、それ的な何か良いこと言っている動画がツイッターに出ていました。あれはリファーしたい。

リンゴが落ちるのを見て重力がなんだとか、どうでもいいことを長々と聞かされた子供が、うえー眠いしかしテストあるから、という嫌々な感じは、まあわからないでもない。宇宙や世界や自然のはじまりだとかの物語が物理学だと言われると、やる気がでるともいうが、その気持ちは、いまいち私よくわからない。

ツイッターでよく見かける話題は、裾野を広げるアウトリーチ活動(私もプラネタリウムやっていた)や、サバイバル・災害・危機管理としての気象・天気予報は楽しいぞ活動。大学院生や科学者の社会的地位の低さだとか、お金的に文系が理系を支配する最近の大人の社会の構図だとか、そういう不満の声も。

これら、いずれも、分野の近い寺田寅彦が、既に100年前に、似た話題で考察していたような気が。

昔から言われるキーワードが、科学リテラシー。使われなくなったリケジョという言葉。私も講師として関わったことのあるスーパー・サイエンス・ハイスクール。データサイエンス統計人材の不足や強化や学部爆増。それから最近流行の、ICTをビジネスのために大人が覚えよう的リスキリング。GAFAのような大手IT企業が大規模リストラしているので、今後の論点やキーワードも変化しそう。

ビジネスのほうを向いて議論しても、深みがあるかどうか、立場の弱い人々へこその教育なのだ、みたいな観点が大事だろう、という気がしています。強い立場の強引な、信じさせたいウソを皆が信じるしかないようなのは、とても良くない。誰もが疑問を普通に持ちながら、本当かどうかを自分の力でも確認しながら、より良くしていける何かを実行しながら生活するために必要な知識というのが、実は役に立たないと言われがちな理科や古典や漢文である、だとか、そんな感じの何か。

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