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13.即採用される大学教員とは

応募に当たって必要な就活生の企業研究ならぬ「大学研究」

大学教員の採用に携わっていて数百人の応募書類を見たが、大学がなぜ教員を募集しているのかを把握している応募者は驚くほど少ない。せいぜいホームページに書いてある校是やビジョンに触れる程度である。これでは就活学生の企業研究にも及ばない。企業研究と同じように応募する大学の大学研究が必要なのである。なぜ、いまこの公募が出るのか、その背景にある大学の戦略は何か、大学がその戦略をとる背景(その大学の置かれた状況や所在地の地域社会、文部科学省の方針など)は何かを把握する必要がある(学生には応募する企業の有価証券報告書を見ろ、と指導していたが、大学でも学校法人の事業報告書は公表されている)。大学は競争の中で常に変化に対応して動いている。単純な人員補充の公募であったとしても、採用されるのは前任者と同じではなく将来の変化を見越してそれに対応できる人材である。
大学の意図を理解して自分がそのような人材であることをアピールしなければならない。
また、就活生の企業研究でその企業の商品や力を入れているビジネスを知るのは当たり前のことだが、大学でも応募しようとする学部学科の特徴(他大学との差別化のポイント)やカリキュラム体系を研究し、自分が担当を求められている科目がカリキュラム上どのように位置づけされているかをあらかじめ知るのは当たり前のことである。応募する側はいろいろ噂を集めようとするが、そんなものは採用には何ら関係ない。それよりも、学部学科のいわゆる「三つのポリシー(通称3ポリ)」は一見形式的に見えるが、意外と真に受けてその実現に向けて教育体系を考えているので見過ごさない方が良い(このことは別の記事で詳しく取り上げる)。

いま、即採用される教員とは

さて、文部科学省は今大学に対して何を求めているのか。端的に言えば「文理横断・文理融合教育の推進」である。具体的には「デジタル人材の育成・確保」であり、そのための「数理・データサイエンス・AI教育」である。
2025年にリテラシーレベルで50万人/年(大学・高専卒業者全員)に基礎的な能力を育成する、さらに応用基礎レベルで25万人/年(高校の一部、高専・大学の50%)に数理・データサイエンス・AIを活用して課題を解決するための実践的能力を育成することを目標にしている。
文部科学省はそのために数理・データサイエンス・AI教育プログラムの認定制度を設け、各大学の取り組みを認定している(その他にも補助金による誘導がある)。
教育の事例については教育学術新聞の以下の記事を見ていただきたい。
https://www.shidaikyo.or.jp/newspaper/news/7e5d9e47d82af7c0cb38164328bf98cedfbf4e32.pdf
なお、事例の最後の北陸大学は私が昨年まで勤務していた大学だが、特徴はこれを文系2学部(経済経営学部、国際コミュニケーション学部)で先行して行っていることである。(リテラシーレベルは382校が認定されている。その内特に優れたものがプラスとして認定されているが私大文系では大正大学と北陸大学だけである)。
大学経営において学生数を増やすのは至上命題だが、その方法の一つは学部を新設することである。学部を新設すれば必ず学生数は上乗せで増加する。しかし新設には文部科学省により厳しい審査を経た認可必要である。少子高齢化を見越して文部科学省は大学数、学部数、定員を絞る傾向にあり、認められるのはなかなか大変だ。しかし数理・データサイエンス・AIに関する学部学科についてはこの限りではなく認められやすい。つまり大学経営においてはこの分野に関連する学部学科を新設するニーズがある。
ここまで読んでおわかりのように、50万人、25万人を育成しようとすると圧倒的に足りないのが教員である。教員さえ確保できれば学生数を増やすことも補助金を獲得することも、学部学科を新設することもできるのだ。
では、どんな教員が求められているのか、誤解のないように言っておけば、それはクライアントにヒアリングをしてニーズに合ったシステムの設計・開発するシステムエンジニアではない。実務家教員として、もちろんコードが書けるにことに越したことはないが、それよりも、データを駆使してマーケティングを実践した、あるいはそのためのデータを加工し提供した、あるいはそのツールを提供した、つまり数理・データサイエンス・AIを業務に活用した、あるいはそれを支援した経験のある人材が求められる。もちろんそれを基礎レベルで体系的に教えられる知識・スキルは必要である。しかし、もし教員募集が経済学、経営学あるいはその他文系科目であったとしても、自分が数理・データサイエンス・AIを実務で活用した経験があり、その基礎を教えることができるとアピールすることは大きなアドバンテージになる。
 

とはいえ・・・


私が北陸3県の経営者と大学首脳の会合で本学のデータサイエンス教育について紹介したところ、あとである経営者から「とりあえずエクセルの表計算ができる人材を送ってほしい」と言われてずっこけたことがある。現実の学生に対するニーズはそんなものかもしれない。しかし社会は大きく変化しつつある。その変化を先取りして未来に活躍する人材を送り出すことは大学の生き残りをかけた責務である。そのために、腕に自信のある会社員、公務員はぜひ大学教員に応募してもらいたい。

(写真は北陸大学文系学部における情報リテラシー授業。全員が自分のパソコンを持参し、パソコン教室ではなく一般教室で行われる)

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