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三島由紀夫の文章読本とやらを読んでみます

文章力について書いてある本は巷にあふれています。
本屋に行けば文章力のきたえ方やら考え方が書かれた本がずらりと並んでいます。
どれを読んでもためになる本なのでしょう。

私は文章力について悩んでいます。
自分の文章力のなさに辟易することなんてしょっちゅうです。
こうしてnoteを書いていても、ネタは浮かんできませんし。
なんとか書き終わって読み返してみると、いったい何が言いたいのか不明なことばかり。

文章力のなさを心から私自信は認めています。
しかしそもそも文章力とはなんなのかすらわかっていない。
文章力とはなんなのかわからないままに、文章力をきたえようと思っている。
これではまずい気がします。

たとえば化学で化学式について学ぶときに、水素や炭素の元素記号がわからなければ話になりません。
元素記号を覚えていないと、化学式は書けません。
元素記号がわからないならば元素記号を覚えればいいとなるわけです。

この考え方を文章力にあてはめて考えてみると、そもそも文章力とはなんなのかをハッキリさせなくてはなりません。
文章力をきたえるためには、なにをどのように勉強しなければならないのか。
このことをハッキリさせなければなりませんが、自分はそれが分からない。
つまり、分からないところが分からない状態なのです。

これではいくら自分なりに文章力をきたえようとも、ひょっとしたら見当違いなことを勉強しているかもしれません。
まるで大海を航路図もなく進んでいるような感じです。
時間は限られているのに、これでは非常に危険でかつ時間の無駄です。

それではまずいのでいろいろ調べた結果、文章読本なるものを発見しました。
文章読本とはその名の通り文章力をきたえるための本です。
文章の真髄とは何なのかを記した本と言えるでしょう。

文章読本は何冊かあるようです。
とりあえず読んでみようと思ったのが三島由紀夫の文章読本です。
どこかで名前は聞いたことがあるかもしれません。

なぜ三島由紀夫の文章読本を読もうかと思ったかというと、理由は3つあります。
1つは有名な作家だからです。

私自身は三島由紀夫の小説は読んだことはありません。
代表的な小説も知りません。
しかし時代を代表する作家であることは間違いなさそうです。

そのような人が書く文章、また文章に対する考え方を学ぶことはメリットが多いと思います。
当時の最上級の文章を味わはないことは、非常にもったないことです。

時代は違えど日本語の底流には必ず過去の賢人たちの考えが含まれているはずです。
そのような賢人たちの文章や考え方を参考に、日本語というのは進化していったはずです。
その賢人たちの一人である三島由紀夫の本を選ばない手なんて考えられませんでした。

2つめは三島由紀夫の喋り方です。
これはどこで聞いたか、もしくは見たのか忘れてしまいましたが、三島由紀夫が喋るとまるで文章を聞いているような話し方をするらしかったです。
まるで本を朗読しているような文章のように聞こえるとのことでした。

これはとあるラジオ番組で三島由紀夫が喋ったとき、一緒にラジオに出演していた方が証言したことでした。
その共演者は一緒にいて驚いたとのことです。

本を朗読するような話し方をする人とは想像がつきません。
そのような人は私の周りにはいませんし、そもそもどんな話し方なのか不明です。
しかし文章のような話し方をするというのはかなり大変だと思います。

たとえば、家族と喋るときに一語一句まちがわずに喋ることは難しいです。
なにかしら「あー」やら「うーん」といったひげ言葉がついてしまうからです。
文章にはこのようなひげ言葉はありません。(小説なんかにはありますが)

ひげ言葉なしで喋るためにはかなり頭の中をクリアにしないと難しいです。
自分の言いたいことがなんなのか、ハッキリと明瞭にしなくてはなりません。
なぜならばひげ言葉を使うということは、その時になにかしら自分が考えている状態、あるいは迷っている状態だからです。

したがってひげ言葉をなくすためには、自分の意見や主張をハッキリとさせなければなりません。
そしてその主張や意見をしっかりと伝えられるような言葉を持ち合わせなければなりません。
言葉は豊富な読書からくる知恵です。

なので三島由紀夫はかなり頭もよかったのだろうと私は考えました。
まあ作家にもなれば普通の人と比べて知性は上なのかもしれませんが。
ということでこれが2つめの理由でした。

3つめの理由は本の表紙がかわいいと思ったことです。
モノクロのあまり主張しない本の表紙がなんか好きでした。
現代の本の表紙のようにあまり主張しすぎない、やや控えめな絵やタイトル。
しかしそれでいて何か深淵へと導いてくれそうな予感を漂わせている表紙です。

以上、3つの理由から私は三島由紀夫の文章読本を読んでみることにしました。
さらっと目を通してみましたが、びっしりと文字が書いてあります。
そして少し古い本なので当時の言い回し方や漢字も古いため読むのに時間がかかりそうです。
しかしそれでも三島由紀夫が考える文章力というものをしっかり味わうために、時間をかけて読み込んでいこうと思います。



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