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【書評】森田真生『数学の贈り物』

皆さんは数学にどのようなイメージを持っているでしょうか。

単なる一教科?
実生活に役に立たないものもある?
難解?
機械的、合理的?

今回紹介する森田真生さんの随筆集、『数学の贈り物』は、そんなイメージを覆してくれると思います。もしかしたら、数学嫌いの人は数学を好きになるかもしれないし、数学の奥深さ、真の美しさに気付くかもしれません。
数学を緒(いとぐち)に紡がれる、森田さんの”今”を見る目は、とても厳しくて、美しくて、優しい…。
そっと心に寄り添ってくれるようなマインドフルであたたかな数学体験をぜひ味わってほしいと思います。

本書の基本情報

基本情報

タイトル:『数学の贈り物』
著者:森田真生(東京大学理学部数学科卒。独立研究者)
出版社:ミシマ社
価格:本体1,600円+税
ページ数:158p
ISBN:978-4-909394-19-4

紹介文(本の帯より)

独立研究者として、子の親として、一人の人間として
一つの生命体が放った、清冽なる19篇。
著者初の随筆集。
いま(present)、この儚さとこの豊かさ。

引用元:森田真生『数学の贈り物』本の帯より

おすすめポイント

数学に明るくなくても読むことができる。

『数学の贈り物』というタイトルから、「ちょっと手が出せない…」と思っている方、また「ある程度数学に詳しくないと分からないんでしょ?」と思われている方、いらっしゃると思います。
安心してください。数学のこと知らなくてもちゃんと読めます。

あまり考えすぎず、随筆を読むように読んでもらって大丈夫です。
難しい用語はほとんど出てきませんし、数学の知識が作品への理解に影響することはあまりありません。

そんな、文系の人にやさしい文章でありながら、文系の人も驚くほどの美しい言葉がいくつも紡がれています。随筆作品として、かなり楽しめるレベルかと思います。

数学が分からなくても、この本を読めば数学の美しさや奥深さには気付くことができることでしょう。数学が分からない人に勇気を与える素晴らしい文章があるので紹介します。

 行為に先立って意味があるのではない。記号運用のルールにしたがった計算の反復の果てに、意味はあとからついてくる。だから、「意味がわからなく」なってからが数学は面白い。意味不明でも辛抱強く計算していると、少しずつ意味の手応えが感じられるようになる。
 数学を勉強していて意味が分からなくなった瞬間、自分が数学に「ついていけなくなった」と落ち込む必要はないのだ。自分が数学についていけなくなったのではなく、むしろ、意味が数学についていけなくなったと考えてはどうか。自分が数学に置いていかれたのではなく、自分が数学とともに意味を後ろに置いてきたのだ。

引用元:森田真生『数学の贈り物』p.58

数学を通して今を見つめる著者の視線が美しい。

数学を通して、”今”を見つめる著者のマインドフルな感性に美しさを感じざるを得ません。
数を数える、直線を引く、足す…
そんな数学の基本を今の世界と照らし合わせていく様に感動を覚えます。

そんな美しさが端的に表れている、私の好きな文章を紹介しようと思います。

数には、人の心をそろえる働きがある。「六日後に会おう」と約束すれば、まだ来ぬ時間に向かって心が揃う。「右から二本目の椰子の木」と言えば、会話している二人の注意が、同じ木の方へ揃う。数は世界を切り分け、その切り分け方に応じて、人の心の向きを揃えていくのだ。

引用元:森田真生『数学の贈り物』p.123

いかがでしょうか。
数そのものが、普段の私たちの生活の中で「心を揃える」という働きがあることに気付いたとき、何とも言えない感動を覚えませんか??
この本には、こんな素敵な世界の見方がたくさん載っています。生活の中にたくさんの数学があふれかえり、それが人に何らかの影響を与えているということを感じてもらえたらと思います。

数学者として、そして一人の人間として子どもに向き合う姿勢。

著者の森田さんは結婚されていて、子どももいらっしゃいます。
一人の親として子どもとどう向き合っていくのか、そんな真摯な姿勢をひしひしと感じます。
この記事を書いている私は教育を仕事にしていますが、森田さんの子どもとの向き合い方は本当に素晴らしいと感じました。

人はすべて、意味の確定していない未知なる世界に投げ込まれた存在である。大人も子どもも、「いつどの瞬間に自分が驚くべき発見をするのか」知らない「研究者」として生きることができる。僕ができることは、子どもにどのような教育を受けさせるべきか悩むことではない。子どもに自分の「知識」を授けることでもない。ただ、彼らの手を引き、ともに同じ「探究者」として、未知に飛び込み、戸惑いながら、この圧倒的に不思議な世界に「探りを入れ」続けていくことだけである。

引用元:森田真生『数学の贈り物』p.149

これは私が特に好きな文章で、自分自身、この文章を大切に子どもと関わっています。”子どもと大人”としてかかわるのではなく、ともに世界に探りを入れていくという姿勢…本当に素敵だなと思います。大人は世界を”理解”したようなつもりになっています。でも、実際には表層的な部分しか見えていなかったり、誤解していたりすることもたくさんあるのです。子どもと対等に、同じ目線の高さで一緒に学ぶという姿勢は、子どもと関わる者にとってとても大切な事なのではないかと思っています。

まとめ

いかがでしたでしょうか。引用させていただいた文章だけでも、かなり数学の魅力を、この本の魅力を感じてもらえたのではないかと思います。
数学を極めている人だからこそ見える世界。一つのものに打ち込む、極めるということは世界を知ることなのだという事に改めて気付かされました。

ぜひこの本を読んで、数学の魅力に、この著者の真摯な姿勢に、酔いしれてください。

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