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【書評】レイチェル・ギーザ 『BOYS[ボーイズ]男の子はなぜ「男らしく」育つのか』

はじめに -フェミニズムについて-

近年、「フェミニズム」「フェミニスト」という言葉をよく見かけるようになりました。女性解放思想、女性解放運動またそれを行う人を意味する言葉です。

歴史的に見て、世界的にも女性は差別される対象でした。今では男女平等が謳われて、国をあげて、会社をあげて、様々な取り組みがなされていますが、これまで長く続いてきた差別というものはそう簡単にはなくなることはなく、今でも男性が女性を”無意識的”に差別している事例は多くあります。

フェミニストの方々が声を上げてくださっているおかげで、その”無意識的な”差別というものが意識化あるいは可視化され、少しずつ良い方向に変革しつつあるように感じています。

その一方で、フェミニズムの本来の目的(←この表現が適切か分かりませんが)から少し逸脱し、男女平等を目指すために”男性を下げる”行為、男性を過剰に批判するようなものも見受けられるようになりました。

個人的にフェミニズムというのはあくまでも”女性解放”を意味する事であって、”男女平等”のために男性を差別したり、下げたりすることではないと思っています。わざわざ男性を下げる必要はなく(もちろん反省すべきところは反省しないといけませんが)、女性への差別をなくすことで男女平等を目指す、というのが本来の目的なのではないでしょうか。もっといえば、男性も女性も尊重される世界を目指すことだと言えるのではないかと思います。

女性差別については本当にしっかりと考えないといけない問題だと思います。しかし、それと同時に男性に向けられた差別や偏見というものも解消していく必要があると感じています。実は、男性も差別や偏見を受けて苦しんでいるのです。女性が「女らしさ」を求められるように、男性も「男らしさ」を要請されて苦しんでいるのです。

「女性の方が苦しんでいるんだから」といって、男性の苦しみを無視するのはよくないと思います。女性解放運動によって女性への差別や女性が受けてきた辛い経験が浮き彫りになってきていると同時に、男性側も自分が受けて生きた差別や苦しみに自覚的になってきているのではないかと思っています。女性解放運動があるいは女性解放運動をきっかけに性別を超えた”人間解放運動”に発展していくことを願っています。

前置きが長くなりました。
今回紹介するレイチェル・ギーザさんの『ボーイズ』という本は、サブタイトルにあるように”男の子がなぜ「男らしく」育つのか”ということについて書かれています。「有害な男らしさ」の存在が浮き彫りになっています。男性はどのような辛さを抱えているのでしょうか。

本書の基本情報

基本情報

タイトル:『BOYS[ボーイズ]-男の子はなぜ「男らしく育つのか」-』
著者:レイチェル・ギーザ
出版社:DU BOOKS
価格:2,800円+税
ページ数:335p
ISBN:978-4-86647-088-7

概要(本の帯より)

男性、女性、すべての人のために。
フェミニズムが台頭する今だからこそ、「男らしさ」の意味も再考するとき。
自身も男の子の親である著者が、マスキュリニティと男の子たちをとりまく問題を詳細に記したルポルタージュ。

引用元:『ボーイズ』本の帯より

おすすめポイント

「男らしさ」は先天的なものではなく、不変のものでもない

男として生まれると、自然と「男らしく」なっていくと思われていることがまだまだ多いように思います。”男性らしい性質”というのがもともと備わっていて、成長とともにそれが強く出てくるという考え方です。

男と女は脳の組成が違うのではないかという主張をする人もいて、このような主張をする専門家の研究は、男女の脳の構造に見られる多くの共通点や類似点を見過ごしている可能性があり、実際その点で批判されています。

このような研究が一般メディアに出回るときは「男の子は生まれつき攻撃的で機械好き、女の子はもともと母性があり感受性が強い」といったような極端な主張に変換されがちなようです。この現象を「神経学的セクシズム」と呼ぶそうです。

このことについて、本書では学者で著述家でもあるコーデリア・ファインさんの研究結果と主張について触れています。

男の子と女の子には「先天的で不変で不可避の性質がある、という考えに、一部界隈ではいまだヴィクトリア時代並みに固執している」と、容赦ない明晰さで男女脳の科学を批判している。ファインは関連する研究を再検討し、男女間にある測定可能な生得的な違いはごくわずかであり、「この世の中に女性の脳ほど男性の脳に似ているものはない」と結論づけた。そして彼女は、私たちの行動や適性を決定しているのは脳の違いではなく、遺伝子と環境との複雑な相互作用である、と主張する。つまり、生来の潜在力(生まれもったもの)と文化的な補強作用(外の世界で経験し教わること)とのあいだで繰り返される往復運動の結果なのだ。

引用元:『ボーイズ』p.79

男性は男性らしい性質を持っているという考え方は、「生来の潜在力」だけに目を向け、「文化的な補強作用」を無視している、ということになりますね。文化的な補強作用というのは、環境・社会から影響を受けながら変化することを指し、構築主義的な主張ですね。

もちろん、男女の違いがあることも認めなければいけませんが、それは”ほんの僅か”でしかなく、大部分は環境・社会から影響を受けながらその人らしさが形成されているということは理解しておく必要があると思います。

男の子は一般的な「男性らしさ」を身に付けていくことを期待されながら育てられます(女性も同様)。そのような環境を無意識につくり育てることで男の子は”男らしく”育っていくのです。無意識に男性像を押し付けてしまっている可能性もあるということをしっかり認識しておく必要がありますね。

男の子の方が問題行動が多い、という幻想

女の子と比べて、男の子は乱暴で規律を破りやすく、精神的に幼い、という印象を持っている方がいらっしゃると思います。確かに男の子の問題行動は目立っているように感じます。実際に、検挙された犯罪者の男女比率を見てみても男性が約8割と圧倒的に多いです。学校でも退学処分を受けた数は男の子の方が多いというデータがあります。

なぜこのような”性差”が出てきてしまうのでしょうか。

このようなデータがあると、「男の方が粗暴である」といったような男性像を内面化してしまう人が現れても不思議ではありません。
しかし、このデータはもう少し慎重に見ていく必要があるかもしれません。
ここで本書に載っている、イェール大学チャイルドスタディセンターが行った研究例を紹介しようと思います。

大規模なカンファレンスに集まった幼稚園・保育園の先生たちの中から被験者を募り、生徒に対する認識と罰の与え方に関して無意識バイアスがどのような影響を与えるかを調査したものだ。ある実験では、先生たちをノートパソコン画面の前に座らせ、これから4人の学齢期のこどもたちー白人男児、白人女児、黒人男児、黒人女児ーが登場するビデオを見て、実際に子どもが問題行動を起こす前に前兆となるふるまいを察知できるかテストします、と告げた。(中略)
その結果、被験者は女の子よりも男の子を長く見つめており、さらに黒人の男の子を見つめている時間がもっとも長いことがわかった。どの子どもにもいちばん注意を向けていたかという直接の質問に対しては、先生たちの42%が黒人の男の子と答え、次いで34%が白人の男の子と答えた。これらの結果から、幼稚園や保育園の先生たちは、生徒の態度について、人種や性別によって異なる期待をもっている可能性が示唆される。この無意識バイアスによって、男の子の停学・退学処分が偏って多くなっている理由が説明できるかもしれない。

引用元:『ボーイズ』p.145-146

いかがでしょうか。
「男の子の方が問題行動を起こしやすい」という先入観・思い込みが無意識バイアスとなって働いているのです。男の子に問題行動がよく見られる、というよりは、無意識バイアスによって男の子に注視している時間が長いから男の子の問題行動が女の子のそれよりも目についてしまっているだけなのかもしれません。

私たちが内面化してしまっている「男性像」「女性像」というものがいかに有害なものか、これだけを見てもよく分かると思います。

停学・退学処分を受けた子どもは社会との「つながり」が薄れることで、更生する機会を失い、更に大きな問題行動を起こしてしまう恐れがあると言われています。私たちが内面化しているジェンダー観、そして結果だけを見て判断し”異物”を排除しようとする社会……本当にこのままでいいのだろうかと考えさせられます。

「男らしさの仮面を脱ぐ」必要性

女性と比べて男性は同性とのつながりを持ちにくいようです。
「男性は性に関して主体的・攻撃的でなければならない」という思い込み、さらにその思い込みから作り上げられる「男性同士で仲良くするとホモだと思われるかもしれない」という恐怖心。これが男性同士でのつながりを弱め、さらに性に関する無知と性加害を生んでいる可能性があります。

周囲からの期待に応えて「男らしく」あろうとするがあまりに、自分自身を苦しめ、他者に加害的な行動をとってしまうという、悲しい流れをたどっている人も多いようです。
本書ではこの流れを断ち切るためには「男らしさの仮面を脱ぐ」ことが必要だと述べられています。そこで男の子に恋愛やセックスについて教えている「ワイズガイズ」という団体の取り組みが紹介されているのですが、私が特に重要だと思ったのは以下の部分です。

男の子たちに恋愛やセックスについて教えるためのワイズガイズだが、進行役たちは、男の子同士の親密な友達関係を築くことも、このプログラム重要な一部だと考えている。参加している男の子たちは、気持ちを隠したり、感情を自分と切り離したりする必要性を感じていない。そういった感情との断絶が鬱や暴力や自殺につながる傾向は、研究で示されている。男の子たちは、ものごとをうまくこなし、体面を保たなければならないプレッシャーについて話し合い、そんなストレスを解消する場になっているのがワイズガイズで、ここだけでは警戒心を忘れて自由に話ができるのだという。プログラム担当者たちはこれを「男らしさの仮面を脱ぐ」ことと表現する。そうして「男の子たちは自分自身に戻り、内面性を回復することができる」のだ。

引用元:『ボーイズ』p.316-317

「男らしく」生きようとするがあまり、気持ちを隠し、感情と自分を切り離してしまっている子もいます。「男は誰の力も借りずたくましく生きなければならない」などという考え方を持っていると、自分自身を苦しめます。

弱さを語れる場所、安心して性について語れる場所(正しい知識を得られる場)が必要で、「男らしさ」でぶつかり合うのではなく、素直な気持ちを語り合うことで生まれる本当の信頼関係・友情を築く、そういう経験を積めるような雰囲気を作っていくことが大事だなと思いました。

まとめ

本書では、「男らしさ」の内面化によって引き起こされる様々な問題を取り上げています。

この本では「男性の苦労」がたくさん見えてきますが、「男もしんどい思いをしているんだから女性も我慢しろ」と言っているわけでも、女性差別の問題に向き合わなくてよいと主張しているわけではありません。むしろ、お互いに「男らしさ」「女らしさ」というものを作り上げそれを内面化することによってそれぞれ苦しみを抱えているという事実があることに気付くことが大事で、それを十分に踏まえた上で”女性解放運動”が行われるべきではないでしょうか。

正直、SNSやネットニュースを見ていると、フェミニストを自称し、男性に対してやたら攻撃的な態度をとっている方を見受けられます。男性を下げることで平等を実現するのではなく、お互いに手を取り合って高めあい、男性も女性も生きやすい社会にしていくというのが私たちの目指すべきところではないでしょうか。

ここでは紹介しきれないくらい大切なことがたくさん書かれているので、この本は本当におすすめです。ぜひ多くの方に読んでもらいたいです。

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