【書評】小乃おの『きつおんガール』

2020年9月、合同出版より発売されました、小乃おのさんのコミックエッセイ『きつおんガール』。
”きつおん”は漢字表記だと”吃音”になります。近年「吃音」は様々なメディアで取り上げられており、『志乃ちゃんは自分の名前が言えない』や『英国王のスピーチ』『ラブソング』等の映画・ドラマでも話題になりました。
吃音は発話の流暢性に関する障害です。症状自体はそれだけなのですが、「流暢に話すのが難しい」ことで精神的な問題を抱える方も多くいらっしゃいます。
今回紹介させていただく『きつおんガール』は、そんな吃音を抱えながら現在社会福祉士として活躍されている小乃おのさんの半生を描かれた自伝的コミックエッセイとなっています。
本書は漫画なのでさらさらと読めますし、非当事者の方にはなかなかイメージしづらい吃音の身体症状を視覚的に理解することができるのが特徴です。

本書の基本情報とあらすじ

➀基本情報

タイトル:『きつおんガール -うまく話せないけど、仕事してます。-』
著者:小乃おの(吃音当事者・介護福祉士)
解説:菊池良和(医師・「吃音ドクター」)
出版社:合同出版
価格:本体1,400円+税
ISBN:978-4-7726-1425-2

②あらすじ

「あ、あ、あ……(ありがとう)」
うまく言葉が出てこない……。
小学生の時、音読の順番がまわってくるのが怖かった。
そんな私は、大学卒業後、社会福祉士として働いている。
なぜ吃音のある私が、コミュニケーション中心(!)の”社会福祉士”という仕事を選んだのか。吃音で悩んでいたときのこと、言葉がスムーズに出せない感覚、恩師の言葉、社会福祉士としての仕事――
吃音と生きてきた私の物語。

小乃おの『きつおんガール』

良かったところ

➀吃音の症状や悩みを視覚的に理解できる。

「視覚的に理解できる」というのは、コミックエッセイならではですね。
筆者自身、吃音当事者なのですが、かなり分かりやすい表現で、しかも共感できる吃音当事者の方も多いのではないかな、という印象です。どもっているときの気管支が苦しい感じや、連発(「ぼぼぼぼくは」のように音を繰り返す)・伸発(最初の音を伸ばす)の時の身体状態を上手に絵で表現されているように感じました。もちろん、全ての人が同じように感じているわけではないので、「吃音者は皆こんな身体状態なんだな」とは思わないように、読者の方は注意して読んでほしいですね。
自助グループ(吃音当事者が交流する)でも自分の吃音症状を言語化することがよくあるのですが、自分の身体状態を説明するのはすごく難しいなと感じますし、人によって表現の仕方は様々で、「分かるような…、分からないような…」と思うことが多々ありました。例えば、のどの奥で蓋がされたような感じ、とか、分厚い壁を押すような感じ、とか。吃音者同士でも、なかなかどもっているときの感覚って共有し辛かったりします。
非吃音者の方は、そもそも「言いたいのに言えない」という感覚があまり分からないと思います。『きつおんガール』では絵で表現されているのでなんとなく吃音のしんどさがイメージできるのではないかなと思います。これは、今までの吃音関連書籍ではあまり達成できていなかった部分でもあると思うので、そういった意味でも、この本は非吃音者に吃音の感覚を伝えられる可能性を広げた画期的な本だと思いました。

②”私の吃音との向き合い方”が描かれている。

”私の吃音との向き合い方”が描かれている、とはどういうことなのかと言うと、「吃音の症状や向き合い方は人それぞれ」という点を大切にしている、という事です。
➀でも少しふれましたが、吃音症状の感覚も、症状の出方も、人によって異なります。それは、私が自助グループでいろんな吃音者にお会いして実際に話を聞いてきたからこそ、自信を持って言えます。
どうしても、このような本を読むと、非吃音者の方は特に「吃音者は皆こうなんだ」と思ってしまいがちなのですが、ちゃんと”私の話し方”というように、あらゆる点で”私の”と表記してあり、これは吃音者にとって”普遍的なことではない”というスタンスで語られているところに好感が持てました。
吃音当事者の方も、「なんだ、自分とは違うな。読んで損した」と思うのではなく、こういう吃音者もいるんだなという事実を受け入れ、また同時に、自分自身の吃音も受け入れてあげてほしいなと思います。

まとめ・感想

この本は、あくまでもある一人の吃音者のお話であって、ここで語られていることが吃音の全てではありません。また、菊池先生の解説も随所に挟まれていますが、エビデンスに基づいた情報は(ほかの吃音関連の書籍と比較すると)少ないので、その点は理解した上で読み進めてほしいなと思っています。
しかしながら、個人的にはすごくいい本だと思いました。
個人的に好きなところを一つだけ紹介しようと思います。(本当はもっと沢山ありますがネタバレになるので…)
・大学教員と話した時のシーン「うまく話すことが全てじゃないですよ」
コミュニケーションは、言葉のやり取りだけではありません。しかし、今の社会ではまだまだ流暢にうまく話すことに重きを置かれることが多い印象があります。しかしながら、実際にはジェスチャーや表情といった非言語コミュニケーションは非常に重要ですし、自分が話すばかりではなく、相手の話をしっかりと聴くという事もコミュニケーションには大切になってきます。小乃おのさんは、大学教員から言われた「うまく話すことが全てじゃないですよ」という言葉で、自分にできるコミュニケーションを模索していきます。その過程が非常に素晴らしく、涙があふれそうになりました。

今回の書評はこの辺で終わろうと思います。

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