【書評】村田沙耶香『コンビニ人間』

今回は、第155回芥川受賞作品(2016年)である本書、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』の紹介をします。もう紹介するまでもないくらいの人気作品ですが、この本にはとても衝撃を受け、更に現代の生き方や価値観に疑問を投げかけ、大きな影響を与える様な作品だと思ったので、自分なりに魅力を伝えていきたいと思います。

本書の基本情報

基本情報

タイトル:『コンビニ人間』
著者:村田沙耶香
出版社:文藝春秋(文春文庫)⇒単行本もあります。
価格:本体580円+税
ページ数:168ページ(解説込み)
ISBN:978-4-16-791130-0

あらすじ(裏表紙より)

「いらっしゃいませー!」お客様がたてる音に負けじと、私は叫ぶ。古倉恵子、コンビニバイト歴18年。彼氏なしの36歳。日々コンビニ食を食べ、夢の中でもレジを打ち、「店員」でいるときのみ世界の歯車になれる。ある日、婚活目的の新入り男性・白羽がやってきて……。
現代の実存を軽やかに問う第155回芥川賞受賞作。

引用元:『コンビニ人間』裏表紙より

おすすめポイント

”社会的スティグマ”が生む生きづらさと暴力性

皆、変なものには土足で踏み入って、その原因を解明する権利があると思っている。

引用元:『コンビニ人間』

正常な世界はとても強引だから、異物は静かに削除される。まっとうでない人間は処理されていく。

引用元:『コンビニ人間』p.84

主人公の古倉恵子は独特な感性を持っている。超合理的ともいえる。ただそれは、一般的な倫理観から大きく逸脱するもので、古倉恵子の”逸脱した”部分に気付いた周囲は、彼女を畏怖の対象としてみるようになる。中には、いじめるものもいて、彼女と近しい関係(主に家族)にある人間は”矯正”させようと説得を試みることもあった。
また、彼女は人間性だけでなく、立場も社会的に認められにくいところにいた。大卒、コンビニバイト歴18年、彼氏なし、という36歳。正社員になることなく、学歴はありながらコンビニバイトを続け、恋人を作ること・結婚にも興味がない。「コンビニバイトと学歴」、また「恋人がいない」という属性が彼女にとっての社会的スティグマ(負の烙印、レッテル)となっていた。彼女はコンビニの店員として働くことに生きがいを感じているし、恋人がいない=不幸とは考えていない。そんな彼女に対して、一般的な価値観を押し付け、矯正させようとするのは非常に暴力的なことのように思えてきます。

社会への適応のしかたは多様だということ

「コンビニに居続けるには『店員』になるしかないですよね。それは簡単なことです、制服を着てマニュアル通りに振る舞うこと。世界が縄文だというのなら、縄文の中でもそうです。普通という人間の皮をかぶってそのマニュアル通りに振る舞えばムラを追い出されることも、邪魔者扱いされることもない」
(…)
「つまり、皆の中にある『普通の人間』という架空の生き物を演じるんです。あのコンビニエンスストアで、全員が『店員』という架空の生き物を演じているのと同じですよ」

引用元:『コンビニ人間』p.95

「気が付いたんです。私は人間である以上にコンビニ店員なんです。人間としていびつでも、たとえ食べていけなくてのたれ死んでも、そのことから逃れられないんです。私の細胞全部が、コンビニのために存在しているんです」

引用元:『コンビニ人間』p.159

一般的な価値観・倫理観から逸脱している彼女ですが、彼女なりに社会に適応しているように感じました。彼女は”コンビニの店員”として、社会の一員になれているという感覚を味わえていました。
彼女の適応の仕方も斬新で、彼女はコンビニ店員になるために、同僚のコンビニ店員から(コンビニ店員として必要な)良いところだけを抽出し、声の出し方や品出し技術、気の配り方…等々コピーしていきました。コンビニ店員として最高のパフォーマンスを出せるように、”自分”を出すことなく、コピーしていく。いや、これも一つの彼女らしさ、個性ともとれます。こう考えると、個性とは実に曖昧なものです。元来自分に備わっているものだけを”個性”と考えてしまいがちですが、実はそれだけじゃないという事もこの小説は示唆しているように感じました。実際、人間は必ずと言っていいほど他者から影響を受けています。それはつまり、私の中には他者が存在し、他者が私を作り上げているともいえるのです。そう考えると、”コピー”もおかしなことではないように思いますし、こうやってコピーし完全に再現できる力は一つの個性と捉えられるような気もします。普通の人間を自称する人も”普通の価値観”をコピーしているにすぎないのかもしれません。
彼女がコンビニ人間になったのは、社会からの圧力を受けたことによる生きづらさからきている可能性も考えられるので、コンビニ人間として生きると決意したことをどう受け止めるか…それは難しい問題ですが、こういう生き方、適応の仕方も間違ってはいないということは言えるのではないかと思いました。

まとめ

本当に衝撃を受けた作品でした。実は、自分はこの主人公・古倉恵子に共感する部分が多々ありました。自分自身も気を抜いたら社会から削除される人間なのだと思います。”普通”の呪縛の中で生きるのはしんどいですが、無理に社会に適応しようとしなくても、自分なりに幸せに生き、社会にも貢献できる…。そんな生き方があるのではないかと、希望が持てた作品でもありました。
芥川賞作品ですが、文章は全く堅苦しくなく、尚且つページ数も少なめなので非常に読みやすいと思います。まだ読んでいない方は是非読んでみてほしいです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?