見出し画像

#18 理解者が見つからないちっちゃな自慢話/泖

【往復書簡 #18 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈わたしには何もない、けど。〉
水曜日:泖〈分かるのがつらい〉
金曜日:くろさわかな

分かるのがつらい

しょうもない自慢だってのは分かっている、というのは最初に言っておきますよ。

わたしの耳は動きます。
両耳同時もいけるし、片方ずつもいけます。こうやって書いていても、場の空気は白けてんだろうなって分かるのがつらい。
ガチしょんぼり沈殿丸。←最近ハマってます。この言葉合わせ、天才。

いつか、テレビをみていたとき。
いや、ネットかもしれない。いやいや、何かの雑誌かもしれない。
記憶はうろ覚えですが、”どうでもいい(反応に困る)特技や自慢”に「わたしの耳は動きます」が選ばれていました。

それをみたときに「みんな、耳って動かないもんなんだ」と知ったのはいいのですが、「もう、わざわざ人に打ち明けることはないだろう」とせっかく自慢できそうな特技を発見したそばから封印することになりました。

なので、初めて人に明かすことになります。
わたしの耳は動きます。

人に言う前から、理解者がそんなにいないことが分かっている自慢。あな悲し。

しかし、理解者がいないというのは当然な気もしています。
「わたしの耳は動きます」と言われて、耳がピョコピョコ動いている地味な様子を見せられた相手は、この先の展開を計算するのが大変ですよね。

「すごい!」「ほんとだ〜!」「どうなってるの〜!」じゃなくて「あ、そう」としか言えないでしょうし。この後の展開はどうすんのよって、わたしも不安になります。
「すごい!」と言ってくれるのも優しいですが、それ以上の会話がわたしにはどうしても想像できない。

”初対面の人を、初対面だと思えない”及川さんならば、この先の会話も広げてもらえるのかも。
すごいや(ハードル上げすぎですか?)。

結局、ちっちゃな自慢があっても、反応に困らせたり、めんどくせーなと相手に思わせてしまうと、理解者が減っていくように思います。
わたしだけじゃなくて、相手もまさに”分かるのがつらい”状態。
だって、相手は、分かってしまったら、コミュニケーションのいい頃合いまで、わたしの耳が動くことについて話を引き延ばす責任を背負ってしまいますもの。

耳を動かした人を傷つけないように、会話を一生懸命つないでくれているお相手。
お相手だけでなく、見ているこちらも疲れます。

だからわたしは耳が動きますなんて、人に面と向かって言えません。会話のなかで自慢を言う流れになったら「小学校の持久走大会では女子で学年ごと6年連続一位でした」とか「小さい頃のやんちゃな遊びで額の骨がちょっとへこんでます」と言うことにしています。

小学校の持久走大会のことを言えば中高の部活のこととかスポーツに会話がつながるし、やんちゃな遊びのことを言えば相手の子ども時代の話を聞くこともできます。安心ですね。

そう言いながらも、心のなかでは

(あと、わたし耳が動きますよ)

と思ってしまうのは、一度公の場で告白して人の困った反応を見てみたいのかな。
こんなことしたら友達100人できないのは確実ですね。人に迷惑だけはかけないようにせねば。

みなさん、最初から最後まで反応に困っているのではないでしょうか。
心配です。

追伸。
短くした前髪にパーマをあててもらったら、めちゃくちゃ評判が良くて、もう良すぎて、褒められるのが本当に恥ずかしくなってきています。
褒められすぎて情緒不安定です。
昨日、ランチでカレー屋さんに行ったのですが、お会計のとき「前髪かわいいですね。ずっと見てました」とキュートな女の子の店員さんが言ってくれまして。
「かわいい」と「ずっと見てました」に異常に反応したわたしは「あ、あ、すみません、ありがとうございます、すみません…」となぜか謝罪してしまい、挙げ句の果てに店員さんから「素敵です!」とダメ押しを食らったわたしは「あぁ、へへっ、ありがとうございます、すみません」とまたもや謝罪しながらお礼を言い、褒められた恥ずかしさで店員さんの目も見れず背中を丸めながらお店を後にしました。
人の好意には、恥じらいを乗り越えてちゃんと「ありがとう」で受け止めたいですね。
キュートな店員さん、わざわざ伝えてくれてありがとうございます。
アラサーだというのに、日常でつまずくところがいちいち幼稚。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?