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#66 欠点は利点/泖

【往復書簡 #66 のやりとり】
月曜日:及川恵子〈それなりのものはそれなりに。〉
水曜日:泖〈不完全人間代表〉
金曜日:くろさわかな

不完全人間代表

人間てのは、そもそも欠点だらけの生き物だと思うのですが、わたしはその中でも自分こそ不完全人間の代表格だなという自覚があるのです。

これまで「こりゃだめだ」と思った性格や振る舞いは意識的に直そうとしてきました。しかし人間の好き嫌いだけは全く直すことができない。あと、飽き性なところとか。

わたしは人の好き嫌いが激しくて、好き!と思った人にはとことん向き合うのですが、少しでも苦手だと思った人には無関心になり、だいぶ距離を保って接するようになります。ひどい時は嫌いな人を空気や壁などに同化してしまうときも。

人の好き嫌いが激しいのは良くないと思うのですが、直そうと思って苦手な人や嫌いな人にも好きな人と同じような感じで接するようにしたことがあったんです。でも無理でした。5分もったかわかりません。そのくらい無理でした。

あと、一度「苦手」と思ったとしても、その次、またその次に会ったときに印象が変わるかもしれない。と思って頑張って接していたこともあったのですが、途中で「あれ、意外といい人だな」と思うけれど最終的に許し難い言動や振る舞いなどを浴びせられ、「あーーーーそういえば初めからこういうところに違和感あったし嫌なんだったーーーーー」と振り出しに戻るんです。そして、結局事態は悪化して、嫌いゾーンに入ります。

わたしの嫌いゾーンに入る人は、こんな感じの人です。どれだけ周りにいい人で通っていたとしても、大体、3つのことに引っ掛かるとわりと早い段階で「嫌い」って思います。

・わたしと距離を詰める方法が無神経 or 邪悪
・リスペクトが感じられない
・無意識に関わらず、差別的な目線を持っている

嫌いな人は嫌い。好きな人は好き。そして、わたしは思ったことがすぐに顔に出るので、嫌いな人にはわたしがその人を嫌っているのが伝わると思います。裏を返せば「嘘がつけない」という長所になるのかもしれませんが、最近はただただ社会を構成する一員として”ちゃんと”できないことが生きにくくて仕方ないです。自分と他人に正直でいることが、たまにすごく苦しくなります。

わたしのことを苦手な人とか、嫌いな人は、自分の想像以上に多いと思います。だって、こんな面倒な性格してますし。

でも、人の好き嫌いが激しい分、わたしの周りには、わたしのことを尊重して、大切に扱ってくれる人だけが残った気がします。友達の数はそれほど多くないけど、これだけ自分を深く理解してくれる友達がいたらもう十分。というか、こんな面倒な自分を大切に思ってくれるだなんて、一生かかってもその人たちに恩返しできる気がしません。

ほんとに、ここ最近は人間関係にほとほと疲れていて、疲弊しまくりでした。ところが、「わたしは好き嫌いが激しい!しかしそれでいいのだ!」とバカボンのパパのように開き直ったら、かなり心身ともにラクになりました。

あなたは好き。

オマエは嫌い。

もういいや、これで。だってもう、こんなわたしにこれだけ大切な人たちがいてくれるんだったら、味方でいてくれるんだったら、満足ですよ。

わたしは大きな大きな不完全を抱えたまま生きる人間代表です。どうかご容赦ください。


追伸。
今回の衆院選、わたしの想いは選挙結果に反映されませんでした。というか、選挙権を得てから反映されたことなんて一度もありません。でも諦めずに投票にいこうと思います。

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