見出し画像

Kiss from the darkness(小説)-Episode2-蠍座の女

「あなた、女を“本気”で抱いたことある訳?」

「本気も何も、やりたけりゃやるんだよ、それが男だ。お前みたいな尻軽女なんかクソだよ、そんなに死にたきゃな、とっとと死んじまえ」
「本当バカねえ、日本の警察って」

「教えてあげるわ。幸せってのは、金銭、健康、愛情、尊敬、感謝全て揃って成り立つのよ?それでも生活相談課?あなた、日本語で言う『お花畑』ね?何が『リュウ』よ。龍って伝説の生き物よ?蠍座の女ってしつこいのよ?私の悩み、1ウォンも解決してないじゃない、何よ、あんたが死にゃ良いのよ、性病にでもなって呼吸困難とかで苦しんで死にな?」

風の噂を聞き連絡してきたらしい韓(カン)と名乗る女は、ロシア人の彼氏が死んだと諄いてきた。もう、十五分以上になる。ゆっくり話せ、と宥めてもまるで聞かない。野良犬が吠えるようにギャンギャンまくし立て耳が縮み上がって鼓膜まで痛くなる。

休み明けの勤務は予定が狂う。お団子になった領収書を片手で適当に開きながら、どのキャバクラ、風俗、案内所に『経費』を回そうか考える。『出来もしない、しかも尻軽女』に使う時間ほど、世の中、いや俺にとって勿体ないものはない。

「ああ、あなたさ」
「何だ」
「私を抱こうと思ってるでしょ?」

--

ニューヨーク時間夜九時のINT(インターナショナル・ニュース・ティーヴィ)が、クライマックスを迎えそうな時だった。小型テレビの横に、電話機がある。これだけが俺の、今の相棒だ。

俺はいつ何時も、一分間コールさせる。「事件」なら一分経っても切れることがないからだ。

「あー、用事、用件は」

挨拶しない、先に名乗らない。それもルールだ。 
部下はいない。数年前だ、生活相談課の一人課長となって「くっだらねえ」「クソ野郎」とか答えているうちいらぬ評判を呼び、面倒な事件話ばかり舞い込むようになった。

「あー、分かった分かった、韓ちゃんよ、過去のトラウマなんか関係あるかよ?な、ここは韓国じゃねえんだ、冷やかしならいい加減、切るからな」
「ちょっと」
受話器を耳から離した。
「ねえ!?聞いてんの!?」

背中に風が刺さった。喉の奥でざわざわ、昨日飲んだ芋焼酎が行ったり来たりする。パトカーのサイレン、いや救急車もいる。風が震え、サイレンが震え、受話器が細かく震えている。目の前は歪んで見える。耳と喉を縛り付けるように密かに息をする。でないと、芋焼酎の匂いに呑まれ吐いてしまいそうだ。カーテンが部屋全体を撫でる。俺、は生きている、と何度も言い聞かせたが何故かはよく分からない。ああ、俺の息遣いだ。咄嗟に振り返った時、花みたいな匂いが漂った。

はっと気付くと、耳に受話器を付けていた。
「そうやって怖気づくの、老化の始まりよ」
「ねえ、聞いてんの?」

「あああ、お前さ、韓国の酒で、バカみたいに不味い焼酎知らないか?韓国語のラベルの、あれだよ」
「韓国に不味い酒なんかないのよ?罰当たりだわ、知らないわよ、あなた、どうなっても、ねえ」
「知らないからよ?だと?何を知らないんだ」
「韓国をよ、じゃ、またね」
と、嵐は去った。

INTはこぞってロシア特集だった。
ロシア大統領は、昨今の原油高騰と内戦で我が国の外貨準備高は世界最大になったと言い放った。アジアは我々の貴重なビジネスパートナーで無視出来無い存在であり、経済苦境の韓国にも北同様無償で半永久的に最大規模の援助をする用意がある、これによってエネルギー問題は全て解決だ、と息巻いた。
韓国や北へ援助する振りをして、アメリカを牽制し中国に圧力を掛け、世界的な地位を確実にし、漁夫の利を得る。いかにもロシアがやりそうな手口だ。

在米ロシア人、在米韓国人のコメンテーターが同列にスタジオに並び議論が開始された。

「あなたはロシアの属国、アメリカの属国、どちらが良いんだ」 「ロシアなんてうんざり」 「何故だ」 「うーん、何かこう、大国意識ばかり高くて苦手なのよ。偉そうで」 「お前、ロシア語分かるか?」 「さあ。パカパカしか知ーらない。英語と韓国語と日本語と朝鮮語は分かるけど。ふふふ」

CMから明けると、ソウル市街をバックにした天気予報へ切り替わったが映像がかすかに乱れ始め、同時通訳が途切れ途切れに聞こえてきた。

「っ、なんだよ」

「えっと、今日の低気圧は溶けたソフトクリームみていな、形をしとりますね。街を歩いとるみなすんは、暑いにか半袖ですか、あ、女性は長袖で歩いとおられますが、私はなんて肌寒いですね。もう明日は、キムチが臭なる様な天気ですけ、その、今日のうちに冷蔵庫ぎ移動して下さいね。東海から流れでくる、その、大気の状態が不安定で、気、気温は暑ぐなったり寒ぐなったりしますし、朝鮮半島に雨嵐、そして日本では吹き返しの風が非常に強くなるでしょう」

画面一杯に朝鮮半島中心の予報図が映っている。

「あ、天気予報、これにて終わりますの、中継を終了しま、あれ、あ」 音が途切れてスクランブルへ切り替わり、プープープーと留守番電話みたいな音が鳴って、しばらくすると画面は真っ黒になった。

リポーターは細い棒を細い手で握り予報図を突っついていたが、首から上が画面から綺麗に切れていた。テレビを観たいとか天気を知りたかった訳では無い。ただ目の前に天気予報が映っていただけだ。

黒くなったテレビの奥に俺が映っていた。何故か、顔中包帯でぐるぐる巻かれているように見えた。目がボヤける気がする。手首と足首が縄で結ばれた人形みたいな無力な気分だった。鼻から息を吸う。小刻みにジワジワと縄は喉の奥を締め付ける。鼻先は冷たい塊みたいだ。首にコルセットでもハマっていてるのか。肩が重く凝ってくる。ピクッとこめかみが動きズキズキ頭痛がして、締め付ける痛みに変わった。立ち上がるのを諦め、身体を背もたれに預けた。 動くのを完全に止めた。胸が繰り返し上下しているのが分かる。テレビはうんともすんとも発しない。俺は無性に、今が朝か夜か知りたくなった。

「コジマさん、あの、宜しいですか」
六、七回、ノック音がした。
「あ、いや、ちょっと待ってくれ」

その言葉の途中で扉が開いた。

「な、なんだお前」
「カンです。尻軽の、韓です」

そう言って韓は、狂ったホームレスみたいに大笑いをした。叫ぶように何十秒も笑い続けて、長い髪を振り乱しながら、「おっかしいわ、あんた」。

「まっまあ、そう怒らないでね。あ、そうそう、そう言えばね、あなたにプレゼント、あなたにです、プレゼントは私。私が、届いてますよ。ふふふ」

花の香りがしてどこかで嗅いだことのある匂いだと思った。韓の髪の毛は光沢があった。濃い赤の口紅をしていて上下黒のタイトな艶のあるスーツ、手に手袋を嵌めている。 一度チラリと後ろを振り返り、彼女は背広を脱いだ。ワイシャツのボタンに手を掛け、一度俺を見てニヤリと笑いボタンを外した。

「止めろ、手止めろ」
「溜まっては無いですか、なんてね」
「てめえ聞いてんのか!」
「じゃあ、お顔から拭きましょうか」
「止めろ」
「そう仰らずに」
手袋の感触が気持ち悪い。爪が鋭く顔に刺さる。

「どこのもんだ、答えろ」

彼女は黒い下着の奥から小さな木筒を取り出した。
「なんだ、それは」
「いえ」
「あ?」
筒の先端をするりと抜くと、鋭い刃先が光った。
「これ以上ガタガタ言うと」
「なっなんだよ」
「目、潰すわよ」
空気が止まった。息の音すらしない。首筋に汗が流れのが分かる。大きな目で睨みながら一切瞬きもし無い。刃先と顔の距離がやけに短く感じる。俺もじっと、目を合わせている。
「バカねえ」
刃先を引いてクルクル適当に回しながら、またさっきの様に大笑いした。案外、透き通った声だ。

「私ねえ、大学で精神医学学んでたの。マフィアとか麻薬や覚醒剤の精神分析をするの。
ああ、私はNiS、大韓民国国家情報院の韓基、カンキイって読むの。日本の警察ってセキュリティ甘いわね、トイレ貸してって言って、トイレした振りして出てすぐ目の前を通った子に生活相談課って何階でしたっけて聞いたらすぐ教えたわよ?」
「クソ、あいつら」
「兎に角ね、あなた、このままだと逮捕されるわよ?繁華街のお友達もね。知ってる?ヤクザもパチンコ屋も韓国人が多いの。感謝しなさいよ?この近くにある全国チェーンのパチンコ屋の店長、本社に話して、韓国人の社長が色々してくれたのよ。でもあなたの犯罪、バレたら終わりね、湖島龍さん」

「国家情報院?俺に対して?何故だ」
「何故って、韓国大統領選近いし、次期大統領にとってはうまくいけば国民にアピール出来るし、いやというか、あなたこの辺りで結構顔利くらしいじゃない?有名よ?でもちょっとだけ遊びすぎたわね」

「次のニュースです」

テレビから音声だけが聞こえた。
「あ、いま、速報です。たった今、ロシアから日本のトヤマに向かっていたタンカー、日本海のサドガシマを越えた辺りで軽微な爆発事故があったようです。いま、建設ラッシュで発展著しい経済特区トヤマ、さて、ロシアとの間でいったい何が起こっているのか。続報があり次第、お伝えします」

「ねえ」
韓は背広を拾いすぐさま羽織った。
「ああ?」
「私の、男の話、あれさあ」
「嘘」
「えっ?」
「嘘、だろ。言わなくて良い」
「あなた」
「何だよ」
「良い男ね、案外」
「違う、無駄な事は嫌いなんだ」
「私、ロシアの大統領のね、秘書官と寝たの。で、連邦保安局長を殺したの、秘書官と二人でね」

「あなたの事は細かく調べさせてもらったわ?両親は居ない、子供も居ない、貯金もない。ヤクザ、風俗、キャバクラ、恐喝、覚醒剤の売人。あなた、バレたら一生刑務所よ?
そこでよ、頼みがあるの。あなたにはね、この辺りの経済特区プロジェクトの裏情報を私と韓国政府に流して欲しいの。9,000億円の大プロジェクトよ、成功報酬は5億。私と折半よ?日本円で、韓国政府から支払うわ。
終身刑よ?このままじゃ。すぐよ、今すぐ答え出して?でなきゃ、今ここであなたを殺すわ。局長みたいにね。あなた死んだって、誰も悲しみやしない」
机を叩きながら、韓は言った。

韓の腕時計を見たが別に何時でも良かった。腕時計は小ぶりな形をしていた。不思議と派手さは無い。
俺が韓に打ち終わった後の「麻酔」は、バーで飲んだ韓国焼酎の匂いに似て切れ味鋭かった。「久し振り」の感覚だ。快感はどんどん昇ってきて心地良くなりいつの間にか眠ってしまいそうになった。 気付くとソファに凭れ、韓が蛇行するように動いた。麻酔を打ってからは記憶が薄い。何故、「蛇行」しているのだろうか。

「一回きりよ?」

--
※Character introduction is the last※

・韓基(カン-キイ)

大韓民国国家情報院所属の女性諜報員。蠍座。

ハニトラを得意とする。

韓国語、朝鮮語、ロシア語、日本語、英語を理解。

・湖島龍(コジマ-リュウ)

経済特区に選ばれた某地方都市の警察官(警部補)。天秤座。

生活相談課課長。

地元ヤクザ、繁華街など街の裏事情に精通。
覚醒剤の売買や恐喝を副業にしている。

両親は居ない、預貯金なし。

・ビスコ-ステルコヴィッチ

ロシア連邦大統領。天秤座。

元ロシア連邦保安局の官僚。

愛国心に篤いが、冷酷な一面を持つ。
国家の為なら殺人も厭わない。

・セグレッティ

ロシア連邦大統領府所属の大統領首席秘書官。

下級官僚だったが一本釣りで秘書官に抜擢。

韓基とは一夜を共にした過去がある。
ロシア連邦保安局長を韓と共に殺害したが、自身のスパイ行為が知れ大統領によって銃殺された。

--

※この作品のいかなる権利も「実咲龍」および実咲龍の管理運営事務所である「リ・クリエイション」に所属します。どうぞ、ご理解下さいませ※

※作品中には、一般常識的に適切とは思われない表現や不快な表現等が含まれている場合がありますが、ご了承下さいませ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?