3分でわかる宇宙法体系
宇宙法という名の法律はない
「宇宙法」というと、どのようなイメージを持つでしょうか?
「法律」というただでさえよくわからないものに「宇宙」というもっとわからないものを掛け合わせているのだから、全く意味不明のものに違いないという印象を持たれるかもしれません。
実は、「宇宙法」という名前の法律があるわけではなく、宇宙に関するルールを定めた条約や国連決議、声明文、法律などをいろいろまとめて「宇宙法」と呼んでいます。
今回は、国際法と国内法、ソフトローとハードローという区別の視点に立って、宇宙に関するルールの全体像を俯瞰していこうと思います。細かい点までは立ち入りませんが、特になぜ拘束力のない「ソフトロー」が重要な立ち位置となっているのかに注目です。
国際法と国内法
法の中には、私人ではなく国家に適用されるものもあり、国家を主体として、国家間の活動を規制するルールを国際法と呼んでいます。後述する国連宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)で作成された宇宙5条約がその典型です。
他方、その国の民間の活動に関するルールを国内法と呼んでいます。
ハードローとソフトロー
国際法の中でも、法的拘束力を持つものと持たないものがあります。法的拘束力を持つものを「ハードロー」といい、法的拘束力を持たないものを「ソフトロー」と呼んでいます。
法的拘束力を持たないルールは勧告的な意味を持ちますが、これにどのような意味があるのか疑問に思われるかもしれません。
実は、COPUOSでルールを作るためには全員一致が必要となり、92カ国(2018年時点)が加入している現状では、条約を作ることが困難となっているのです。
そうは言っても、スペースデブリ問題を筆頭に、何らかのルール形成がなされなければ宇宙活動に深刻な支障を来す可能性のある問題もあり、「ルールを作れないから仕方ない」というわけにもいきません。
そこで重要になってくるのが、法的拘束力を持たないルールであるソフトローということになります。
宇宙5条約
個別のソフトローを見ていく前に、代表的なハードローであるいわゆる宇宙5条約を取り上げます。
1 宇宙条約
「宇宙の憲法」とも呼ばれる宇宙条約は、宇宙活動に関するルールを定めた条約で、大まかに、
①宇宙空間の自由利用
②宇宙空間の領有禁止
③平和利用
の3つの内容が定められています。
宇宙条約は、加盟国に対し、自国の活動が宇宙条約に従って行われることを確保する国際的責任を課し、非政府団体の活動について条約関係当事国の許可・継続的監督を要求しています。
2018年11月15日に施行された宇宙活動法は、まさにこの宇宙条約の要請に応える機能を持っています。
2 宇宙救助返還協定
宇宙船の帰還時に予定していたコースを外れ、着陸予定地でない国に着陸した場合や、他国の人工衛星が落下してきた場合、どのように本国に知らせ、宇宙飛行士や人工衛星を引き渡すかついて定めた協定です。
これは、宇宙条約が宇宙飛行士を「人類の使節」とし、事故が起きた場合は各国が援助の上、本国に安全・迅速に引き渡さなければならない旨規定していることに基づくものです。
今後の問題として、宇宙旅行の場合に同じように考えることができるかという論点があります。宇宙旅行者が「人類の使節」といえるか疑問があること、宇宙船の商業目的からすると、宇宙条約と宇宙救助返還協定の趣旨が合わないのではないかということも言えそうです。他方、全く宇宙旅行者が保護されないとするのも人道的に問題があり、これらのバランスをどのように考えていくかということになります。
なお、宇宙旅行者の例ではありませんが、民間企業の宇宙物体の破片が他国で発見された際に通報、返還が行われた先例があります。
3 宇宙損害責任条約
打上げにあたって、どのように事故対策をしていたとしても、損害が引き起こされることはあります。衛星やロケットの事故によって他国に損害を生じさせてしまった場合、どのように取り扱うかを定めたのが宇宙損害責任条約です。宇宙損害責任条約は、以下のように損害が地表で引き起こされたものかどうかによって、責任の重さを分けています。
過失責任とは、被害者が加害者に故意(わざとやった)または過失(不注意)があったことを証明することで認められる責任のことで、無過失責任とは、加害者が注意を尽くしていても負う責任のことです。
地上で引き起こされた損害については、被害者に何ら落ち度はなく故意・過失の立証の負担を負わせるのはあまりに酷である一方、地表以外の場所で引き起こされた損害については、当事者はそれぞれ宇宙活動のリスクを引き受けていると考えれられ、このような区別がなされています。
4 宇宙物体登録条約
人工衛星などの宇宙物体を所有している国は、宇宙空間ではどのようにその管轄権を示すのでしょうか?
宇宙条約によれば、宇宙物体は登録によってどの国が管轄権を持つか判断され、管轄権があることによって宇宙物体の支配・管理権を得られます。国籍ではないことがポイントです。
宇宙物体登録条約は、この宇宙条約のルールをより具体化し、大まかに以下の3点を規定することで宇宙物体の登録に関する取扱いを整理しています。
①宇宙物体の登録ができるのは打上げ国
②打上げ国が複数ある場合は協議によって1国にできる
③合意によって第三者が管轄権を持つことも認められる
これにより、宇宙物体によって事故・損害が発生した場合の責任の所在が明確になりますが、無登録となっている宇宙物体が多々あるという課題を抱えています。
5 月協定
月協定に関しては過去に解説していますので、併せてご覧ください。
国連とは別に作成された条約
国連の外でも、様々な条約が作成されています。
①ケープタウン条約
②インタースプートニク設立条約
③国際宇宙ステーション協定(IGA)
④日米クロスウェーバー協定
ISSに関する法律ついてはこちらの記事もご覧ください。
ソフトロー
前述のとおり、COPUOSは全員一致方式を採用し、条約を作成することは事実上不可能な状態です。そのため、法的拘束力を持たない国際文書が事実上ルール化されています。
まず、国連総会決議によって採択されたものとして、以下のものがあります。
①直接放送衛星原則
②リモートセンシング原則
③原子力電源使用制限原則
④スペース・ベネフィット宣言
⑤「打上げ国」概念適用
⑥国家・国際組織の宇宙物体登録実行向上勧告
⑦宇宙の平和的探査・利用に関する国内法制定勧告
次に、国連COPUOS科技小委で作成されたものがあります。
①スペースデブリ低減ガイドライン
②COPUOS科技小委/IAEA原子力電源安全枠組み
スペースデブリ低減ガイドラインについては、制定までに紆余曲折ありました。こちらの記事も併せてご覧ください。
また、国連とは別に関係国で作成されたルールもあります。
①衛星放送利用についてのユネスコ宣言
②ITU静止軌道環境の保護勧告
③地球観測衛星委員会衛星データ交換原則
④国際災害チャータデータ配布原則
⑤IADCスペースデブリ低減ガイドライン
等
以上のように様々なものがありますが、ソフトローでは技術的側面に立ち入って作成されているものもあり、頻繁な改訂が想定されるものはソフトローが馴染むという側面もあります。
国内法
最後に日本の話です。
2008年、①宇宙の平和的利用、②国民生活の向上、③産業の振興、④人類社会の発展、⑤国際協力等の推進、⑥環境への配慮を基本理念として、宇宙基本法が成立しました。これにより、内閣府宇宙開発戦略本部が設置され、宇宙開発利用に関する施策を推進していく体制が整備されました。
また、宇宙条約6条は、「月その他の天体を含む宇宙空間における非政府団体の活動は、条約の関係当事国の許可及び継続的監督を必要とするものとする。」と定め、民間団体の宇宙活動は許可制とし、国による継続的監督を求めています。
この宇宙条約の要請に応えるため、2018年11月15日、宇宙活動法が施行されました。宇宙活動法についてはこちらでも解説していますのでご覧ください。
さらに、衛星リモセンデータの取扱いに関する衛星リモセン法も施行されています。衛星リモセン法についてもこちらで解説していますのでご覧ください。
おわりに
今回ご紹介したのは「宇宙法」の中でもほんの一握りで、特にソフトローについては多岐にわたり、技術の理解がなければ理解しにくいものもあります。まずはざっくり体系や分類の視点を理解しておき、いざ調べるとなった時に徹底的に調べるというスタンスが良さそうです。
参考:
・宇宙ビジネスのための宇宙法入門第2版 小塚荘一郎ほか
・宇宙法ハンドブック 慶應義塾大学宇宙法センター
・内閣府ホームページ 宇宙政策
https://www8.cao.go.jp/space/index.html