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3分でわかる国連スペースデブリ低減ガイドライン

今月10日、政府は、スペースデブリ(宇宙ごみ)を除去する技術の実用化に向けた財政支援を検討することを発表しました。エンジニアの方々からは様々な意見が出ており、デブリに関する「世間一般」の認識と現場の認識との間には少々差があるようにも思えます。

以前、デブリに関するルールメイキングから得られる学びを取り上げましたが、今回は、そもそも国連スペースデブリ低減ガイドラインはどのようなことを規定しているのかについてみていこうと思います。
なお、このガイドラインは法的拘束力こそありませんが、権威あるガイドラインとして位置付けられています。

背景

ガイドラインでは、スペースデブリを「地球周回軌道や大気圏再突入途上にある非機能的なあらゆる人工物体であり、破片やそれらの要素も含む」と定義します。
デブリの数は増え続け、潜在的な衝突確率が増大していることや、再突入による地上での被害の可能性も考えると、適切なデブリ低減策の早急な適用が宇宙環境保全のため必要として2007年3月6日に採択されました。

デブリ発生源とガイドライン概要

デブリの発生源は、主として

①破砕によるもの
②ロケットの打上げや運用過程で放出されるもの

に分けられます。
対策としても、大きく分けて

①発生させない
②除去する

に分けられ、現在ではいかに発生させないかという点に重点が置かれているようです。

ガイドラインには、

①正常な運用中に放出されるデブリの制限
②運用フェーズでの破砕の可能性の最小化
③偶発的軌道上衝突確率の制限
④意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避
⑤残留エネルギーによるミッション終了後の破砕の可能性を最小にすること
⑥宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に低軌道(LEO)域に長期的に留まることの制限
⑦宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に地球同期軌道(GEO)域に長期的に留まることの制限

という7つの項目が定められています。小難しい単語が並んでいますが、順にみていきましょう。

①正常な運用中に放出されるデブリの制限

運用中にデブリを放出しないようにシステムを設計し、それが不可能であれば放出による宇宙環境への影響を最小限とすることが求められます。
例えば、衛星を複数機同時に打ち上げる際は衛星を支持する部品が必要です。そのような不可避的に放出されてしまう部品は、自然に落下するまでの期間が25年以内であれば投棄が許容されるとの理解がなされているようです(出典:スペースデブリ 加藤明105頁)。

②運用フェーズでの破砕の可能性の最小化

破砕に至る不具合を避けるように設計し、もし不具合が生じる条件が判明した場合、廃棄処置・無害化処置を計画・実施することです。
例えば、制御系のスラスタ触媒層の予熱が不十分なまま推進剤が流入すると、着火遅れにより滞留した推進剤が爆発する可能性があります。これに対し、温度検知により冗長系のヒータに切り替える、着火信号を止めるなどの対策が考えられます(出典:スペースデブリ 加藤明109頁)。

③偶発的軌道上衝突確率の制限

ロケットや衛星がデブリと衝突する確率が見積もられ、制限されることです。
これには、デブリ接近の検知体制、回避要領、運用中の衛星が接近してきた場合の調整窓口を把握すること等が必要とされます。
デブリの接近を検知するには、アメリカの国防総省戦略軍統合宇宙運用センター(The Combined Space Operations Center :JSpOC)が提供する接近警戒サービス(Space Situational Awareness (SSA) services)の利用が考えられます(出典:スペースデブリ 加藤明128、129頁)。

④意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避

ロケットや衛星をあえて破壊したり、長期にわたって残留するデブリを発生する危険な活動は避けるべきということです。
もし意図的な破壊が必要なときは、破片が軌道に長く滞在しないよう、充分低い高度で行うことが求められます。
その例として、偵察衛星のデータ回収に失敗した場合の自爆、ミサイルでの攻撃実験、衛星を自爆させて破片で他の衛星を破壊する実験、地上の落下被害軽減のための破壊が挙げられています(出典:スペースデブリ 加藤明106頁)

⑤残留エネルギーによるミッション終了後の破砕の可能性を最小にすること

ロケットなどに搭載・蓄積されているエネルギー源は、不要となった時点あるいはミッション終了後の廃棄処置の時点で排出するか、無害化しなければなりません。
最も有効な低減策として、ミッション終了後の不活性化が挙げられており、不活性化には推進剤の除去や電池の放電が含まれます。

⑥宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に低軌道(LEO)域に長期的に留まることの制限

前提として、軌道には低軌道(Low Earth Orbit : LEO)と呼ばれるものと静止軌道(Geostationary Earth Orbit : GEO)と呼ばれるものがあります。
LEOは地球表面から2000kmまでの領域で、GEOは地球表面からほぼ35,786kmです。GEOに投入された衛星の周期は地球の自転周期と同じになるので、地球から見ると止まっているように見えます。気象観測衛星ひまわりがその例です。

LEO 領域を通過する軌道で運用を終了したロケットなどは、管理された方法(controlled fashion)で軌道から除去される必要があります。もしそれが不可能であれば、LEO領域への長期的滞在(long-term presence)を避ける軌道に廃棄することが必要とされます。
なお、IADCスペースデブリガイドラインでは、LEO、GEO±200kmの領域は、デブリ発生の観点から保護領域とされています。

国連スペースデブリ低減ガイドラインでは明記されていませんが、LEO領域と干渉する期間は最長25年とし、その期間内に除去することが一般的な理解のようです。

参照:IADCスペースデブリ低減ガイドライン掲載図

⑦宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に地球同期軌道(GEO)域に長期的に留まることの制限

GEO領域を通過する軌道で運用を終了したロケットなどは、GEO領域との長期的干渉を避ける軌道に放置することとされています。

課題

デブリ問題については、やるべきことがある程度明確になっているという状況のようです。ただし、法律的な観点では、デブリの除去にあたっては、

①誰から同意を得るか
②費用は誰が負担するか
③破壊行為は平和利用原則との関係でどう評価すべきか
④軌道上で売買されて所有者と登録国が違う場合にも登録国から同意が得られなければ除去できないのか
⑤デブリ除去に伴う他の宇宙物体や地表への損害の可能性
⑥宇宙物体に関する機微情報が除去する者に開示される可能性

等といった検討課題があります。今後の議論や施策に注目しましょう。

出典:
・スペースデブリ 加藤明
・宇宙法ハンドブック 慶應義塾大学宇宙法センター
・スペースデブリ除去を実施する上での宇宙条約上の制約と解決策のための予備的検討 岸人弘幸(JAXA)
・スペースデブリ対策の取組について 内閣府宇宙開発戦略推進事務局



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