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家事の現状把握ツール(職場でも使える?!)

「家事シェア」という言葉が一般的になってきた昨今、家族みんなで家事をする方が良いというのは、僕も講演などでもそう伝えています。

ですが、何ごとにもメリットとデメリットがあります。

そこで、今回は、一人で家事をすることと、家族みんなで家事をすることを、決定権の有無という軸を加えた二軸で分析します。
つまり、

一人家事で決定権なし(奴隷家事)
一人家事で決定権あり(独裁家事)
全員家事で決定権なし(義務家事)
全員家事で決意見あり(民主家事)

という4パターンです。

一人家事で決定権なし(奴隷家事)

家事をするのは一人。そして、その家事に決定権はない。誰か(往々にして家族の権力者)の指示や命令の下、求められる家事をするのみ。「やらされ家事」とも言えるけど、いろいろ考える必要もない。日々淡々と家事をこなすのみ。その間、ナニを考えてもいいし、どんどん手抜きをしても、結果さえ同じなら問題なし。ところがコロナ禍で命令を出す人が家にズッといる場合、居心地の悪いことこの上なしでしょう。

一人家事で決定権あり(独裁家事)

家事をするのは一人。そして、その人が決定権を握る。自分の好きなタイミングで、好きなように家事をする。もちろん、味を決めるのも自分。インテリアを決めるのも自分。ワンマン家事リーダー。自分勝手にやりたい放題。良いところだらけに思えますが、大失敗をやらかした時は、独裁者の責任です。それに、自分の体調が悪くなった時、どうする?自分中心の家事を引き継げる家族もいません。他人がやると「あ~もぉぉ!そうじゃないの!」とダメ出ししないといけないのもこのタイプ。あまりに自分勝手が過ぎると、どこぞの独裁者のようにクーデターを起こされる可能性もあります。

全員家事で決定権なし(義務家事)

全員で家事はするものの、決定権は誰もない。じゃぁ、家事の内容は誰がきめるのか?この場合は、世間体や情報によって得られる「標準的」な家事を目指すことになります。「お隣さんもやってる」「ネットに出てた」などが基準。リースマンの『孤独な群衆』に出てくる「他人指向」です。自分たちで決めたわけでもないので、全員が無責任でもあります。問題が起こっても家族以外の責任にできます。「自分たちのあり方」を模索する必要もないし、世間一般と同調するので、下手に個性などを求めない限りは平和です。「伝統的にこうやってきた」「この地域の習わしでは…」を大いに参考にするタイプで、「みんなやってるし、なんとなく…」がピッタリ。迷わないし、探求しないし、問題も起こりません。家族の誰かが「自分(自分たち)の個別性(みんなと一緒でなくてイイじゃない!など)」に目覚めない限り。

全員家事で決定権あり(民主家事)

全員で家事をするし、やる限りは決定権もそれぞれに。全員で意見を出し合い、ベストを選び、家族全員が納得で家事が営まれるこのパターン。全員参加の全員納得。このパターン、和気藹々と話し合いが進められるうちは良いのですが、一度歯車がズレ始めると、折り合いや歩み寄り難しくなり、「決められない家事」に陥ります。その決まらない状態を打破するために、派閥や独裁者が誕生し、そこだけで決定されてしまったりもします。問題が起こった時は、連帯責任です。ただ、全員が参加しているので、対等に話が進められる時のパワーは他のパターンよりもあります。「2人でやればアイデア2倍、手間半分」「3人寄れば文殊の知恵」になります。誰かの体調が悪くなっても他のメンバーによるカバーも可能です。もしもの時のバックアップは万全です。

各家事に「一人 or 全員 ✕ 決定権の有無」がある

炊事、洗濯、掃除など各家事種目にこの「一人 or 全員 ✕ 決定権の有無」の4パターンが存在します。例えば、料理は独裁家事、掃除は全員家事…という感じです。家事とひとくくりにするよりも、細分化してこの「一人 or 全員 ✕ 決定権の有無」に当てはめると、より現状が把握しやすいでしょう。

「家政」という言葉のとおり、家事は政治的

言葉からもイメージできるように、家事の運営は政治的です。「イエのマツリゴト」を漢字で書くと「家政」です。家庭ですら民主的な運営は難しいのに、町内会、地方自治体、国を民主的に運営するはさらに難しいことかもしれません。

職場に当てはめると…

この家事の現状把握ツール。家事を業務と言い換えると、職場でも使えるのが、この二軸分析。職場の場合、決定権はリーダーシップと言い換えられます。

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