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「サッカーは、ベーシックサービスである」と話してもピンとこない顔をされるので。

TEDで陶芸家のTheaster Gatesが「アートは、ベーシックサービスである」と話していて、えらく感動した。彼がそう言う直後、会場から拍手喝采が起こり、そのこともまた自分の考えが認められた気がして嬉しかった。だから、最近会う人たちに「サッカーは、ベーシックサービスである」と話をしているのだけど、いまいちピンとこない顔をされる。続けて、「サッカーグラウンドは、社会インフラである」と話すと、なんとなく分かってもらえてホッとする。でもなんだか、ベーシックサービスも社会インフラもイメージしにくいようで、なんかいい言葉を探している。

産業化、エンタメ化するサッカーの先には、サッカーを好きな人が誰でもその価値を享受できる未来があると思う。そう書いた矢先に、これは未来ではなく、原点なんじゃないかという意識が頭をよぎった。

サッカーはもともと私たちの手もとにあったが、いつからかそれを市場に差し出して、お金で買い戻す作業をしている。私たちはサッカーを消費し、新しい価値を創造し、そして同時に今、失った何かを取り戻そうとしている。そう感じることは、けっして横暴ではないはずだ。市場経済が悪いということではない。私たちは十分にその恩恵を受けている。ただやはり疑問は投げかけたい。

私たちは、産業化するサッカーの果てに、どんな世界を想像できているのだろうか。それは誰にとって幸せな世界なのだろうか。

「サッカー業界を盛り上げよう」の掛け声が私にはむなしく響くのは、私の知るあの子たちの幸せを一緒に想像できていない気がするからだ。

「サッカー業界」と一括りにしても、結局のところはひとりひとりが「誰に寄り添いたいか」に尽きる。寄り添う相手は、選手、クラブ、コーチ、業界で働く人、地域、自分自身、日本という国やスポンサーかもしれない。私はというと、サッカーで育ってきたひとりとして、サッカーが好きだけどできない子どもたちに寄り添っていたいのだと思う。だから、love.fútbolをしている。

それぞれが業界を成すパズルのピースとして隙間を埋め合い、1つの画を完成させようとしているならば、誰もがその完成図を想像できている必要がある。

だから繰り返すが、私たちは、産業化するサッカーの果てに、どんな世界を想像できているのだろうか。

冒頭からここまでわずか800文字くらいしかないが、書きながら理解した。冒頭に書いた「サッカーはベーシックサービスである」との一文は、私個人およびlove.fútbol Japan代表としてその答えであり、ステートメントである。
ただ、これが唯一の正解とは思わない。みんなの想像する世界を知りたい。


さて、こんなイントロになるとは思ってなかったが、今日のnoteは前回の続きでもある。

ベーシックサービス、つまり社会インフラとしての場は、従来、政府や自治体など公的機関により整備されることが多いが、最近は「民間」主導でスポーツの場所をつくる動きが見られるようになっている。さらには、その場所にスポーツをする以外の社会的な「存在意義」が明確に在ることがわかる。

これは、前回のnoteで書いたことと繋がっている。

「サッカーに社会的責任が求められているように、サッカーする場所もまた社会や地域に対する責任ないしは存在意義を問われています。」

サッカーする場所がなにか大きな力を備えていることは言うまでもないが、あえて民間が参画する社会的な価値とは何なのか。

***


最近、海外のサッカー・スポーツグラウンドづくりに面白い傾向が見てとれる。

1つは企業、財団、非営利など「民間」の参画が目立つこと。
もう1つは、場にスポーツをする以外の「存在意義」が明確に在ることだ。

love.futbolは、つくるグラウンドのコンセプトを「more than place to play」にしている。スポーツをする以上の場所=地域の課題を解決する場としてのグラウンドづくりを基本としているのだが、今回紹介する民間の事例からも同様の特徴が伺える。

具体的には、スポーツの場が「スポーツの機会格差」に加えて、何かの「社会格差」を解消する場としてつくられている。もちろん、偶然ではなく、意図した結果である。その背景には、スポーツのニーズ増加と並行して、スポーツの場所の社会的価値が認識されてきたことが関係している。

民間がスポーツと社会格差の解消をテーマにスポーツの場づくりに積極的に投資を始めている。このことは日本に何を示唆しているのか。

民間が参画する社会的理由と並べて、いくつかの事例を紹介する。


***

1. SDGs=誰ひとり取り残さないの実践
2. 人と人のつながりを再生するコミュニティ形成の場
3. 健康課題の改善
4. 環境問題の改善


1. SDGs=誰ひとり取り残さないの実践


● Fedex / Field in Box TM
UEFA(欧州サッカー連盟)のオフィシャルスポンサーのFedexは、2016年より、経済的・社会的理由によって安全にサッカーしたくてもできない子どもたちが暮らす貧困地域でサッカーグラウンドづくりのスポンサードを開始。これまでスペイン、ポーランド、南アフリカ、ブラジルに計4つのグラウンドを建設している。

主体:Fedex
プロジェクト名:Field in a Box TM
時期:2016年〜
場所:スペイン、ポーランド、ブラジル、南アフリカ
理由:SDGs
協力:streetfootballworld、UEFA Foundation、love.fútbol
予算:非公開(1グラウンドあたり1000-2000万円程度と推測)



2. 人と人のつながりを再生するコミュニティ形成の場


● Under Armor / WE WILL
米国メリーランド州ボルチモアに本社を構えるUnder Armorは、2018年より市内の小中高校の体育館やジム、グラウンド等スポーツ環境の整備を開始し、これまで約1.2億円で24校を支援。地域の次世代の成長において「コミュニティこそが究極のチーム( Community is Ultimate Team)」だと捉えている。その他、アメリカ各地のバスケコートの改修もおこなっている。

主体:Under Armor
プロジェクト名:WE WILL
時期:2018年〜
場所:メリーランド州ボルチモア
対象:市内の小中学校
理由:コミュニティ形成
協力:Fund for Educational Excellence
予算:約2700万円/年(12校を対象に2年間支援)


● ESPN / RePlay
ある調査によると、空き地や空き家は薬物や犯罪による警察の通報を増加させ、住民の社会的一体感、地域に対する自尊心を損なわせることがわかっている。住民たちは遊休地の有効活用のポテンシャルを理解していながらも、その実現に頭を悩ましている。そこでESPNは2018年より、空き地をスポーツの場所として再生することで地域に活力を提供するとともに、低・中所得者の人たちでもスポーツを安心して楽しめる場づくりをしている。2018年に12コミュニティで実施し、19年に4コミュニティで予定。予算は累計約1.6億円見込み。

主体:ESPN
プロジェクト名:RePlay
時期:2018年〜
場所:Atlanta, GA, Detroit MI, Toledo OH and Oakland, CA.
対象:コミュニティベースで、低・中所得者向けに活動し、税控除対象となる組織
理由:コミュニティ形成を通じた治安改善、低・中所得者向けのスポーツの場提供
協力:Under Armor, LISC(Local Initiative Support Corporation)
予算:1グラウンドあたり最大約935万円


3. 健康課題の改善


● Pincus Foundation
米国では子どもの運動不足による健康問題、特に低所得コミュニティでは安全なスポーツ環境が不足しており、経済格差による精神・肉体両面の健康格差が問題視されている。Pincus Foudationは、2019年よりlove.fútbolと連携し、米国フィラデルフィア州で3か所にサッカー・スポーツグラウンドを開始。また、貧困地域のメキシコ、ドミニカ共和国でも1か所ずつ建設する。

主体:Pincus Foundation
プロジェクト名:特になし
時期:2018年〜
場所:米国(フィラデルフィア)で3箇所、メキシコ、ドミニカ共和国で各1か所
理由:子どもの運動不足による健康問題、中でも低所得者の運動機会不足
協力:love.fútbol
予算:5グラウンド建設で約1億2400万円


4. 環境問題の改善


●バドワイザー Recup Arena / ロシア
2018年FIFAワールドカップで捨てられた5万個のプラスチックカップをリサイクルし、ロシアにサッカー場「Budweiser ReCup Arena」を建設。背景には、企業として環境保全に対する方針がある。バドワイザーは、2025年までに自社が販売するすべてのビールを再生可能エネルギーを使い醸造すると発表している。この目標は、すでに米国や英国などで達成されており、「100%再生可能電力」使用のシンボルが梱包に印刷されている。

主体:バドワイザー
プロジェクト名:Recup Arena
時期:2018年
場所:ソチ(ロシア)
理由:環境問題の啓発
予算:不明


●Green Source Initiative  *複数企業による協働プロジェクト
南アフリカでは1,400万人(人口の4人に1人)が適切な衛生施設にアクセスできていない。清潔な水不足により下痢・胃痙攣など子どもたちが深刻な被害を受けていた地域で、雨水を地下で貯蓄・浄化し、きれいな飲料水をつくるサッカーグラウンドを2019年4月末までに9個建設。2019年にはさらに13グラウンドを建設予定。年間1700万リットルの水を貯水でき、1グラウンドあたり2,400人に水を提供できる。水は地域や学校で飲料水や農作に使用され、グラウンド完成後、子どもたちの健康改善、学校への出席率向上に寄与している。

主体:Green Source 
プロジェクト名:Green Source Initiative  
時期:2015年〜
場所:南アフリカ
理由:清潔な水へのアクセス、飲料水の確保
予算:不明


***

以上、民間がスポーツと社会格差の解消をテーマにスポーツの場づくりをしている事例の一部である。

ちなみに、ここで紹介した民間は、施設完成後の運営収益を得ていない。あくまでも「つくり手」なのだ。もちろん特に企業の例は、社会性と合わせて自社の企業価値に還元する狙いがある。大切なことは、企業の価値が高まり、そこで生まれた利益が社会インフラとして誰もがサッカー・スポーツを楽しめる場づくりに還元されていく循環の仕組みができたら最高だ、ということだ。

個人的にこうした流れをすごく歓迎している。
「スポーツの機会格差」に加えて何かの「社会格差」を解消する場になっていると書いたとおり、こうしたプロジェクトが進むことは、スポーツとある分野の社会ニーズがベーシックサービス化していくことを意味する。大歓迎この上ない。


日本でも、子どものスポーツ環境格差は無視できない。
(以下、子どもたちが情熱をもつ代名詞としてスポーツを使っているが、音楽やアート、勉強に置き換えてもらってもいい)

経済的な事情で言えば、7人に1人の子どもが相対的貧困にあり、奨学金を受けている子どもの20-30%は経済的理由で部活・習い事を「諦めている」という調査報告が数年前に出されている。親元を離れて暮らす子どもや、外国をルーツに持つ子どもたちが日常に自分の居場所がないという課題も顕在化しているし、今後もさらに増えていくだろう。その中には、スポーツをしたくてもできない子どもたちがいると想像できる。

日本で「スポーツ業界を盛り上げよう」と言われるとき、はたしてこうした子どもたちの幸せも想像できているだろうか。

情熱にアクセスできないことの不条理は、私たち大人が身をもって味わったはずだ。ここ数年の公園のボール遊び禁止現象に対して、私たちは感情が露わになることを経験した。自分と関係のない地域のことであっても「何かおかしいぞ」と声をあげた。信じていた環境が壊れ、お金で買い戻すこともできず、ただ感情を吐露する以外になす術がないことを知り、そうこうしている間にボール遊び禁止の看板は増えていき、私たちは場を失った。そして、これは確実に今の子どもたちのあそび環境に悪影響を与えている。

子どもたちの幸せは、必ずしもビジネスの先にはない。
時にそれは、私たちの手もとにある。

女子W杯からはや1か月。もう一度ラピノーの言葉に勇気をもらう。

「私たちはもっとよくできる。」
「世界をより良い場所にすることは、私たちの責任です」
「今は結束する時です。この会話こそが、次のステップなのです。協力をしなければなりません。みなさんが必要です。」


日本のサッカー界は、いろんな人たちが支えあって、つながりあって成長してきた。日本代表、Jリーグ、Jクラブ、選手、サポーター、スタッフ、スポンサー、スポーツ施設、学校、街クラブ、全国各地のサッカー少年・少女たち。それぞれが誰かに寄り添って支えてきたことの積み重ねが今の日本サッカーを成している。その中で、love.fútbol Japanは、サッカーしたくてもできない子どもたちを支えるピースになっていきたい。

私たちはもっとよくできる。

みんなで協力して、世界でも日本でも、サッカーしたくてもできない子どもたちの環境を変えていこう。

加藤遼也
love.fútbol Japan代表


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