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コーヒーゼリー

本日の天気は曇り。朝から入院しているじいちゃんのお見舞いに行った。

じいちゃんはB型肝炎という病気で、若いころに注射針を使いまわしたことによりがん細胞が感染し、それからずっと治療を受けてきた。

普段は自宅で過ごしており、治療のたびにかかりつけの病院に行って治療をするという日々を送っていたが、ばあちゃんへの負担も考慮し、近くの緩和ケアの病院に一週間ほどお試し入院をすることとなった。

入院をして三日目の今日、じいちゃんからスルメイカを持ってきてほしいと連絡があり、ばあちゃんと様子を見るついでにお見舞いに行った。

薬の副作用で食欲がなくご飯がのどを通らないからか、じいちゃんは腕から栄養剤を点滴していた。病室についてしばらく話すとすっかり回復し、昼食もいつも以上に進んだようだった。ばあちゃんも一安心したような顔色をしていてほっとした。

じいちゃんのお見舞いからの帰り、ばあちゃんが行きつけのちゃんぽん屋さんに行きたいというので、トンネルを抜けてすぐのちゃんぽん屋に入った。

メニューはちゃんぽん以外にもあったが、入るや否や「ちゃんぽん2つお願いね。」と注文するばあちゃん。とくにこれといって食べたいものもなかったので注文に従った。

趣のある店内には4人掛けのテーブルが3つ、二人掛けのテーブルが2つ、座敷に平テーブルが3つ並んでおり、厨房には三角巾おばちゃんたちが世間話をはさみながら料理をこしらえていた。

玄関付近にツボに入った植物が縦と横に置かれていたが、手書きで書かれた「1900円」の値札が飾り物ではないことを訴えていた。

しばらくしてちゃんぽんが運ばれ二人ですすった。味は悪くなかった。いかにも地元で採れたであろうキャベツと人参が先陣を切って豚肉の味を引き立て、ごま油の香りと少し濃いめのスープが細麺と絡み合い、気づいたら器の底をついていた。顔を上げるとばあちゃんも夢中で食べていた。

ふと会話をしていなかったことに気づき、じいちゃんが元気なときはどこに旅行していたのかを尋ねた。

箱根や日光、合掌造りで有名な白川郷など、地名に疎い自分でも反応が出来るほど有名な場所には足を運んでいるようだった。話が途切れ、少しちゃんぽんをすすると、また旅行の話に戻った。海外は中国に行ったことがあると口を開いた。

聞くと、じいちゃんの勤め先(某通信会社)の国際交流に家族同伴で中国に行ったとのこと。その際に万里の頂上やら四川の町々を見たという。なかでも印象に残ったのは、中国北東部のハルビンという村で行われていた日本人による人体実験の痕跡を目の当たりにしたことだという。

日中戦争及び太平洋戦争の時期に日本軍は、そのハルピンで致死的な人体実験を秘密裏に行っていた。毒ガス実験、生物兵器の実験、ホルマリン漬けの人体標本など、今では想像を絶する人体実験がその場所で行われていたという。

ばあちゃんが訪問した際はその形跡はなかったようだが、当時の子孫がハルピンに在住しているため、日本人に対する非難は根強く残っているようだったと話した。戦争の発端はいつ、どこに潜んでいるかわからない。そんな言葉で締めくくった。

家に帰ってもその言葉の重く、先ほど食べたちゃんぽんよりも胃の奥に深く沈んでいるような気がした。口の中にはちゃんぽんの味よりも、より強烈な味が残っていた。

冷蔵庫をあけ、目に留まったデザートを口にしたが、味覚で感じているのではないことは知っていた。忘れてはならない味をどうやら口にしたようだ。この味を忘れてはならないし、記憶を語り継がなければならない。

ほろにがのコーヒーゼリーは戦争の後味を消すことはできない。