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マッシブ魔王はマッシブ喫茶店マスターへクラスチェンジ――山本四角『喫茶ニュー魔王城』

 『BEATSTRINGS』から2年4ヶ月、山本四角さんの新作が発売されました。SNSで発表した作品に描き下ろし作品を加えた一冊となっています。また前作の『BEATSTRINGS』の舞台となった十奏という名前が出てくるので、世界観の共有というオタクには嬉しい設定もあります。 


 『喫茶ニュー魔王城』は今回も期待通りに肉体派獣人が数多く登場する作品となっていますよ。

 魔王と勇者が相打ちとなり火口に消えていって5年、世界は平和になった。そんな魔王と勇者の最終決戦の地である月鷹市。そこを走る小沼線の二条駅を下車して徒歩2分の場所にある喫茶店「獅子の城(レーヴェンベルク)」が物語の舞台です。場所がら魔王城を利用するのは冒険者が多く、種族も職業も様々。喫茶店を切り盛りをする店長は身長2mオーバーの筋骨隆々な獅子獣人。そのマッチョ体型からは想像しにくい繊細でどこか懐かしいメニューを客に提供します。
 スタッフは店長と真逆な涼やかなイケメンバリスタと小動物的可愛さで客に人気者なバイトの2名。

 ビジュアルも性格もバラバラな3人ですが、海千山千な客や降りかかるトラブルを抜群のチームワークで乗り越えていくのです。

 マッチョな獅子獣人である店長。彼こそ五年前に勇者と共に火口に消えた魔王で名前は黒須(くろす)ドゥンケル、通称ドン。


 そしてバリスタのアジャト勇(いさむ)は魔王と相打ちになった勇者その人なのです。


 元魔王と元勇者が切り盛りするレアな喫茶店が「獅子の城」なのですね。



 冒険者専門学校に通うバイトの灯里(あかり)は2人の正体を知っても態度を変えることなく仕事を続けます。ただドンに対してほのかに恋心を育てていくのです。


 前作『BEATSTRINGS』が群像劇であったのに対し、今作ではドンを主役にして物語が紡がれていきます。描かれるエピソードにインパクトがあってたまらない面白さです。

 デカマッチョ元魔王が埒外な扱いを受けるのがたまらないのですが、それを演出するギミックが秀逸です。一つ目がドンの持つ権能の「門番(ゲートキーパー)」です。迷宮を自由に作り変える能力で、扉を設置することで無限の距離を移動することができます。どこでもドアを自由自在に使える羨ましい能力です。



 喫茶店「獅子の城」を舞台にしながらこのギミックで、外の世界のエピソードを描くことができるのです。
 二つ目は誓約。「獅子の城」という場所にいる限りドンたちは行動に縛りを受けます。強大な力を持つ元魔王と元勇者が直截的な力を使えない正当な理由ができるわけです。


 これにより行動の制限が課せられるドンは事態解決のために腹筋がよじれるほどの面白い姿を見せてくれます。


 暴力ではありません。ストレッチという名前の肉体言語です。マッチョ獅子獣人の繰り出す肉体言語の迫力とかっこよさ。コメディ要素との絶妙なバランスが光ります。

 さらに爆笑させてくれるのが、呪いの指輪との命を懸けた勝負。誓約に抵触しないために灯里が仕掛けたのがおしり相撲。ムキムキマッチョな半裸獣人が喫茶店で命を懸けておしり相撲で勝負する。よくもこんなすっとんきょうなシチュエーションを考えたなと脱帽です。



 山本四角さんのコメディセンスがたまりませんね。見開きでおしり相撲で熱い勝負を描き、ツッコミのセリフで「絵面で気が散って話が全く入ってこない」で一気に笑いの温度を上げています。

 前作『BEATSTRINGS』と同様に『喫茶ニュー魔王城』でも作品設定の良さに惹かれます。魔法があるが科学もある。マジックアイテムがあるが工業製品もある。魔王と勇者の最終決戦が月鷹市という日本のベッドタウンのような感じなのに火山がある。そして迷宮や魔物が自然災害で天気予報のように毎日情報がテレビで流されているのです。その根源である魔王もまた災害と定義づけられています。


 ちなみに灯里も魔王と勇者の決戦の情報はテレビで知った口です。ファンタジーでありながら現実世界のリアリティを入れ込んでくるアンバランスさ。これこそ山本四角ワールドの真骨頂です。
 数百年の間魔王として君臨していたドンは、世界を循環させるシステムの一部であったともみえます。地震、水害、旱魃、台風。これらの災害で被害にあった人たちが敵意を向けることはありません。しかし人格がある魔王には人々の敵意が向けられます。魔王の設定を知ると人々から災害として色々奪っていた魔王が、喫茶店で客に美味しい料理を与えていることに感慨深いものを感じるのです。コメディとシリアスのバランスの良さ、このセンスが山本四角作品の魅力の一つです。

 あと絶対に外せないのが獣人なくの魅力。今作でも健在です。マッシブな獣人がアクションをするかっこよさ。ストレッチで無頼の輩を制圧する、おしり相撲で熱戦を繰り広げる。取り上げたこのエピソードはキャラクター同士のアクションにたまらない魅力があります。さらにアラサービキニ獣人を出してくるのです。新たな性癖の扉を開く読者が絶対出てきますね。


 『喫茶ニュー魔王城』はこの一冊で完結していますがますが、SNSではまだ新作が発表されていく予定とのことです。つまり今回のコミックは『喫茶ニュー魔王城』第1部なのです。このまま2巻、3巻と続いて欲しいと心から願っています。


画像出典 KADOKAWA『喫茶ニュー魔王城』 P77,P4,P6,P8,P44,P106,P57,P63,P92,P93,P52,P130 掲載順

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