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「escape HERO」第2話

※目安:約7000文字

#創作大賞2023
宇佐崎しろ 先生のお題イラストによる 
イラストストーリー部門 に参加中です
(お題イラストの記事はこちらです)

Chapter 2 『Development』

「あたしはね、チート級のアイテム見つけたの」
 桜丘はくるりと後ろを向いて背中についているものを俺に見せた。
「なに。リュック?」
 悪魔の羽根をイメージさせるような飾りのついた黒いリュック。これのどこがチート級のアイテムなんだ。
「こっちもセット」
 膝下をパタパタさせて、うしろに小さなリボンがついた黒い靴下を主張している。
「靴下? 一緒に置いてあったのか」
「そう。これで何ができると思う?」
「さあ」
「ふっふっふ」
 桜丘はその場でリュックを下ろし、ファスナーと開けると、中身を見せるように開いて俺へ見せる。片手では少し大きいくらいの、黒水晶みたいな不思議な玉が入っていた。
「これがチート級アイテム。これを装備していると、なんと、魔法が使えるのだ」
「……」
 リュックの中身がチート級だったのか。じゃぁ、悪魔の羽根と靴下には一体何の意味が……
「魔法っていうか、攻撃ができるだけなんだけど、すごいから見てて」
 そう言って教室の後ろ、ロッカーが並ぶ場所を指した。スゥッと静かに短く息を吸う。
「ドカン!」
 ドンッ!
 桜丘の言葉に合わせて、爆大な破壊音がして、ロッカーが吹き飛んだ。隣の教室が覗けるほどの穴も空いている。
「……は?……」
 何だこれ。
言唱玉ことだまって言うらしいよ。取説に書いてあった」
「取説……」
「何種類かあるみたいで、これは爆破攻撃しかできないけどね。ちなみにこのリュックは言唱玉の持ち運び用で、靴下はファッションだって。リボンがついてて可愛いよね。ちょっと横田くん、ついて来れてるかな」
「あ? ……あぁ」
 こいつ、色んな意味でおかしい。説明のために壁を破壊していい理由などない。それから「爆発攻撃『しか』」じゃない。
「と言うわけであたしは爆破魔法系。横田くんは女装狙撃系。なかなかいいコンビではないか」
「オマエなぁ……」
 好きでこんな格好しているわけじゃない。それに、ここに来るまでに負った傷を何とかしたい。
「あ」
 先ほど爆破されたロッカー群の右端が数個、何とか生き残っている。俺のロッカーは出席番号が遅いお陰で助かっていた。
 冷静になれば、攻撃で裂けたストッキングがいちいち傷口に触れて痛いし、ミニスカートも動きづらくて困っていたのだ。ビジュアル的にもふつうにキツい。俺は黙って机の間をするりと抜け、自分のロッカーを開けた。
「おや、ロッカーから何を取り出す気かな」
「ジャージと外履き」
 中からジャージと校庭で使うテニスシューズを取り出した。
「横田……カズヒサ? カズトシ? 下の名前って意外と認識してないものだね」
 ロッカーの扉を閉めると、背後から桜丘の声がした。今どきロッカーに名札がついているというのはどうかと思うが、それを読んだらしい。俺は荷物を持ち運びやすいようにクルクルとコンパクトにまとめた。
「カズ。和寿って書いてカズ」
「モジパ悪っ!」
「モジパ?」
 聞きなれない言葉と、悪という感想に、表情を歪ませて桜丘の方を振り返る。
「漢字ニ文字でニ音しか入らないなんて。ひらがなかカタカナで充分ではないか! 画数だけ無駄に増えて、文字パフォーマンス最っ悪」
「なんだよそれ」
 そういえば桜丘さくらがおかは漢字ニ文字で六音。確かにモジパがいい。……いや、そんなのどうでもいい。
「あたしは桜丘真尋。あ、名前くらいは知ってたかな。ファミリーネーム長いからマヒロでいいよ」
「あ?……あぁ」
「好きに呼んでくれていいけどね」
「……じゃあ、短い方で」
「了解」
「とりあえずざっくり手当てしたい。保健室に戻るぞ」
「はいはいはーい」
 コイツ、こんなノリだったのか……

保健室に戻り、ひとまずミニスカートからジャージに履き替えて、負った傷の手当てをする。ストッキングも脱いで、制服と一緒に畳んでおいた靴下を手元に置いた。
「ミニスカ、似合ってたのに」
「動きづらいんだよ。それに、好きで着てたわけじゃねー」
 この状況で、男子の制服のスラックスではなんだかまずい気がして、ロッカーからジャージを持ってきて正解だった。さすがに動きやすい。
「ホントにそうなのかなー」
 マヒロは窓から外の様子を確認しながら、無責任なことを言った。空は青い。校舎内でこんなことが起こっているなんて想像できないほど穏やかな天気で、それが逆に不気味だ。
「それにしても、短時間でこんなに怪我するものかな。ザコじゃん」
「うるせーな」
 いくら銃を手にしているとはいえ、状況がわからない時点で人に向かって発砲などできない。だからこれは身を守る最終手段でしかないわけで、つまりただ逃げながら攻撃や衝撃を受けていただけ。だからあちこち怪我をしているのだ。そもそも、まともに銃を撃ったこともないのに。銃なんて、触るだけでも怖くなるのが常人だと思うのだが。
「あ、それはダメだよ!」
 まとわりつく金髪がウザいからウィッグを外そうと頭に手をかけると、ものすごい勢いで桜丘が声を上げた。
「女装は続けないとさ。カズはただでさえルール違反なのだよ?」
 また、静かに俺を撃つポーズ。
「ジャージと外履きはいいけど、それ以外は変えちゃダメ。そしてあたしをちゃんとサポートしないとだよね」
「……」
 仕方ない。小さくため息をつく。
「ため息は、幸せが逃げていくのだよ」
「うるせー」
 消毒が済んで、痛む傷口だけに絆創膏を貼り終えた頃、廊下で乾いた破裂音がした。銃か?
「女装狙撃手カズ、出番だよ」
「だから別に好きでこんな格好してねーし」
「デカいオンナ!」
 そう言って、また声を立て笑った

 どうやらこの戦いはかなり終盤に差し掛かっているようだ。確かに、目覚めた時よりも若干騒音や怒声が減っている気がする。ナンバーワンが決まるのも、時間の問題なのかもしれない。そんな緊張感漂う空間のど真ん中に、銃を触ったこともない狙撃手が放り出されて、当然何ができるわけでもなく、新しい傷が増えるだけだった。
「カズ、本当ザコ。カズじゃなくてカスって呼んでやる!」
 マヒロのサポートなんて、まるでできるわけもなく、ただ攻撃や障害を避けるにとどまっていた。走りながらも小言を投げつけてくるマヒロは、なんてスタミナだ。
 これで何周目になるか分からないけど校舎内を巡回する。生き残りの参加者はだいぶ絞られてきたのか遭遇する生徒はいなかったが、確かに遠くで戦闘の音はする。まだ勝負はついていない。いつの間にかまた一巡を終え、拠点となった保健室が見えてきた時だった。
「カズ、左に避けて!」
 逃げ続けているうちに反射神経だけは鍛えられたのか、脊髄反射の如く素早く移動すると、更に追ってマヒロの声が耳に響く。
「ドカン!」
 バンッ! ザザーッ、バラバラバラ……
 振り返ると、無惨に砕けた机の破片が散らばっていた。どこからともなく、俺をめがけて机が飛んできていてようだ。
「あたしがカズのサポートしてどうすんの!」
 マヒロの言い分はごもっともだ。けど、机が飛んでくるなんていう状況、読めるわけもない。
「誰か、遠隔攻撃が可能な言唱玉とか持ってるのかな」
 仮にそうだとしても、マヒロの言う『仮想空間みたいなもの』と『今いるこの世界がもつ実在感』の印象の不一致が、俺の中でとても大きな違和感になっていた。

……ここは、本当に仮想空間なのか?

 女子しかいない事や、現実には起こり得ない魔法みたいな攻撃を生み出すアイテムの事とか。確かに仮想の世界なのかもとは思う。でも俺の認識では、例えば俺が女子の姿になりたければ、そういう設定でこの世界に存在すれば良いのが仮想空間で、そもそも女装して正体を隠すとか、おかしい気がする。
「怪我はないかな。この勢いのままもう一周しよう」
 意気揚々とマヒロが歩き出す。再び、このゲームの残り少ない参加者を探して巡回する。物々しい騒音は、頻繁ではないがまだ聞こえてくる。ナンバーワン女子を決める戦いという事だが、負けた生徒は、つまりゲームオーバーになるとどこへ行くのか、何を持って「負け」になるのか、状況を少しずつ理解していくと共に、疑問だけが増える。
「マヒロ」
「何かな」
 手招きして階段付近の少し窪んだ物陰に呼び寄せる。不意な攻撃からできるだけ身を守りつつ、早い段階で少し話しておきたい。
「ちょっと落ち着いて教えてほしい事がある」
「んー、手短によろしく」

 俺が目覚めたのは、この争いがスタートしてからだいぶ経った頃だ。しかもどうやってこの空間に入り込んだのかも分からない。とにかく今ここにいる事自体が謎だらけなのだ。
「マヒロは、ここが仮想空間みたいなものって言ってたけど、本当にそうなのか。仮想空間だと思えば思うほど、俺には疑問しか生まれないんだけど」
「一言で言えば仮想空間みたいなものだって言ったよね。つまり、わかりやすく言っただけ。何かおかしなこと言ったかな?」
「仮想空間って、俺の認識では姿も属性も現実世界とは違うものとして存在できると思ってる」
「メタバース的な?」
「そう」
「それで、何か問題かな」
「学校もマヒロも俺も、全部現実のものと変わらない印象だ。尚且つ、俺に至ってはここにいるためにこんな格好までして。メタバース的な仮想空間なら、姿くらいこんな苦労せずに変えられるんじゃないかと」
「なるほどね。でも残念ながらそれは無理かな。だって、ここは別にメタバース的なバーチャル世界じゃないもん」
「は? お前、仮想空間だって言ってただろ?」
「都合良く信じたのはキミだよ」
 大きな瞳を細くして、可愛らしい顔がニタリと表情を変えた。
「一言で言えば、って何度も言ってるよね。仮想空間って言った方がわかりやすいだけで、別にバーチャル世界でもメタバースでもないんじゃないかな。知らんけど」
 すぐに今までの様子に戻ると、さも当然という顔で、俺よりも低い場所からまるで見下ろすように視線を刺してきた。しかもこの言い方だと、マヒロも断言できるほどこの世界を理解しきれていない様子だ。
「他人の言うことを、何でも鵜呑みにしない方がいいよ」
 ニヤニヤしながらバカにするような口調。俺の頭にカッと血が上った。
「なに無責任なこと言ってるんだよ、この状況下だぞ!」
「この状況下、だからこそだよ。鵜呑みにしたその言葉に、真実なんてないかもしれないのに」
 くるりと後ろを向く。リュックについた悪魔の羽が、羽ばたくように揺れた。
「……」
「さ、もう一周行こうか」

 時折聞こえる銃声も、甲高い意味不明な声も、耳に届く頻度が低くなってきた。それだけ、このゲームの終焉が近づいていると言うことなのだろうけど、それでも緊張感は和らがない。
「マヒロは……」
「何かな」
 マヒロはナンバーワン女子になったら、この学校を支配して何がしたいのだろう。
「何でマヒロは戦ってるんだ?」
「あたし? まだ秘密かな。願いごとって人に言うと叶わないって言うじゃん?」
 ……それ、初詣とかの話だろ。今言っているのは、目的とかそういう話だ。
「でも、サポートする俺は、知っていてもいいんじゃないのか。夢や目標は人に言った方がいいって聞いたことあるぜ」
 俺の少し先を歩いていたマヒロが、ピタリと足を止めてこちらを向いた。
「うん、それもそうだね」
 そうは言ったのに、まだ何か考えている様子で視線を宙に彷徨わせている。
「……みんなが過ごしやすい学校に……したい、かな?」
「……え?そうなんだ……」
 こんな恐ろしい仮想空間でナンバーワン女子に成り上がりたいというわりには、なんだか拍子抜けする答えが返ってきて、俺は目を丸くしてしまった。
「いや、なのにこんな殺戮まがいな事してんのかよ。まるで真逆の行為じゃねーか」
 マヒロは一瞬呆れた表情を見せて、すぐに上から目線の態度に戻った。
「何かを得るには、リスクも負わねば。願っているだけじゃ何も変わらないのだよ。時には、圧倒的な力だっているでしょ? そう言う事だよ、女装狙撃手カズくん」
「……リスク? 仮想空間で戦う事がリスク?」
「はぁぁぁっ。バカなのかな? 『一言で言うと』って何度も言ってるよね。わかりやすくそう言ってるだけなのだが」
 多分だけど、仮想空間でならどんなに負傷しても、仮にゲームオーバーしても、現実世界には影響ないと思うんだけどな。リスクってなんだ。
「たぶん、意味もわからず参戦してる子もいるかもしれない。周りに流されて、思考停止でここに入ってきた子もきっといる。キミもそうなんじゃないのかな?」
「俺は……」
 マヒロが言うバグか何かでここに入り込んだ俺は、そもそもこの戦いに対する自分の意思など持っていない。
「カズはやっぱりあたしのサポートがちょうどいいよ。せいぜいあたしをナンバーワン女子にしてくれたまえ! ほら、行くよ」
そうして再び廊下を歩き出そうとしたその時。
「三年なんかに任せられるか! エイ!」
 突如、耳を劈くような高い声に鼓膜が支配されたかと思うと、直後に椅子が飛んできた。
「ドカン!」
 マヒロがすかさず破壊する。
「せめて回避ぐらいはしてよ!」
 俺にそう叫びながら、マヒロは椅子を投げてきた女子生徒への視線は逸らさずに身構えている。さすがナンバーワン女子を目指すだけある。
「あなた、一年生かな。もしかして物を自在に飛ばせる言唱玉とか持ってる? さっきの机もキミの仕業……あー、せめて名乗ろうか。あたしは桜丘真尋。二年生だよ」
「二年? この人、背が高いから三年かと思った」
 俺を見て、怪訝そうな顔をする。まあ、特別高身長でもないけど、一応170センチ以上はあるから、女装してたらデカく感じるのも無理はない。しかし高校生にもなって身長が高ければ学年が上という理屈も意味不明だ。ジャージのラインの色を見せて二年だと説明しようと口を開きかけたら、マヒロに止められた。
「ほら、この子のジャージ、白衣で半分隠れてるけどライン黄色いでしょ。だから二年。この子は横田さん。風邪ひいて上手く喋れないから、あてしが代弁ね」
 そうか、声。喋ったら俺が女子じゃない事がバレる。ジャージの腰あたりに黄色の糸で刺繍された名前と、ジャージのサイドに入った黄色の細いラインをチラリと見せて確認させる。
「二年生……」
「あなたは? 名前。こっちは二人とも名乗っているのだが?」
「……宮脇ひまり」
「三年生に何か恨みでもあるのかな?」
宮脇ひまりは、マヒロより少し小柄だが、勝気な目をした一年生だった。
「ひまり! しゃがんで!」
 背後からから声がした瞬間、パンという乾いた破裂音がして、俺の顔の横をなにかがすり抜けた。
「カズ、後ろ。銃持ってる。応戦して!」
 マヒロは乱暴に言うと、戦闘体制を整えるべく振り向きながら言唱玉の力を使った。銃を持つ女子と自分たちの間の床に穴が開く。さっき背後から俺の右頬を掠めていったのは弾丸で、運良く俺に当たらず流れたようだ。撃ったのはこの一年の仲間みたいだった。しかし、応戦とはいえ、実質銃を撃ったこともない俺が、年下の女子に銃口を向けるなど気が重い。というかしたくない。
「マヒロ、ひとまずここを離れるぞ」
 小さく短く言い放ち、俺は銃を持っていない方の一年、つまりしゃがんでいる宮脇ひまりの横を素早く走り抜ける。マヒロもそれに続いてついてきた。
「男子!?」
「え?」
「ひまり、あのデカイ金髪、男子だよ! 排除対象。追いかけて!」
 後ろでそんなやりとりがされている事は、俺の耳には届いていなかった。

 校舎の端の方や屋上は逃げ道が少ないからなるべく立ち入らないように巡回していたのに、気づいたら一番北側奥にある音楽室の前にいた。逃げることに必死で位置など関係なく走っていたようだ。はあはあと息を整えながら、両手を膝につく。
「カズ……あんた、何であの一年、撃たなかったの」
「一年だぞ。……女子だぞ」
「で?」
 で? とは。それ以上に何か理由が必要なのか。
「カズはあたしのサポート役でしょ。戦闘能力でサポートにならないんだったら、ひとまずあたしがナンバーワン女子になるために自分が何をしたらいいか考えるべきじゃないかな」
「……は? 自分が勝てたら何してもいいって言いたいのか?」
 ますますマヒロがわからなくなる。俺が引いているのも十分伝わっているだろう。
「それに、あんたバレたからね、あの一年に」
「バレた?」
「何であそこで声出すかな。カズが男子だってあの子達に気づかれたよ。しかもここナニかな。北側三階角の音楽室じゃん。早く場所変え……」
「あ……」
 不利な所に逃げ込んでしまったのにはさっき気づいたけど、場所を変えるには手遅れだったようだ。
「ここは投げるものが沢山あって良いですね……」
 通路を塞ぐように宮脇ひまりが立っていた。追いつかれた。投げるものってなんだ? まさか音楽準備室にある機材とか吹奏楽部の楽器とかグランドピアノとかじゃないだろうな。
「男子は排除。横田先輩と、それを庇っている桜丘先輩、排除します」
「ちょっと待てって、俺は状況が分かってなくて……」
 宮脇にもこの世界の情報を教えてもらおうと話しかけた瞬間、マヒロが後ろから白衣を強く引っ張って制した。そしてそのまま左手で宮脇の頭上を指し、静かに短く、スゥッと息を吸う。
「マヒロまさか!? 待てっ」

***『escape HERO』(全4話完結済)***

参考動画

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