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no.7/結局は 月より団子な 男子かな【日向荘シリーズ】(日常覗き見癒し系短編小説)
【築48年昭和アパート『日向荘』住人紹介】
101号室:ござる(河上翔/24歳)ヒーロー好きで物静かなフリーター
102号室:102(上田中真/24歳)特徴の薄い主人公。腹の中は饒舌。
103号室:たくあん(鳥海拓人/26歳)ネット中心で活動するクリエイター
201号室:メガネ(大井崇/26歳)武士のような趣の公務員
202号室:キツネ(金森友太/23歳)アフィリエイト×フリーターの複業男子
203号室:(かつて拓人が住んでいたが床が抜けたため)現在封鎖中
※目安:約2800文字
「女心と秋の空、という言葉があるが、あれを女性に言うと気分を害されるそうだな」
こんな事を急に言い出したのは、メガネくんだ。確かに夏の盛りもようやく抜け出して、虫の声がよく聞こえる季節になってきたけど。……唐突に何だろう。
「オンナゴコロ? 突然なんスカ?」
「……メガネ氏、仕事で何かあったであるか」
突飛な話題に、頭上であからさまに疑問符を浮かべているのはキツネくん。安心しろ、俺も同じ気持ちだ。
「中学生の頃だが、理科の教師がそんな事を言っていた。そもそも『女心と秋の空』とは、女性の気持ちはまるで秋の空模様のようにコロコロと変わりやすく、移ろいやすいということを指すことわざで、あまり良い印象を持たれてはいないそうだ」
「……? へえ、そうなんスね」
「しかし実際気象的に言うならば、秋の空模様も春の空模様もほぼ同じ。そこでだ、秋の空を春の空に変えて言ってみろと、その教師が話していたから、母親に試してみたら、好感触だった事があってな」
「は? 結局何の話です?」
「秋の空も春の空も、コロコロと移ろいやすいことに変わりはないから言っていることは同じだが、『秋』と『春』の言葉が持つ印象や、そもそも認知されていることわざのイメージで、受け取る側の捉え方が変わると言うことだ」
「……それが?」
「まあ、春の方が人々の印象が良いということだな。明日は秋分の日だろう。昼と夜の時間が同じ長さになるという気象現象の面では春分の日と何ら変わりはないのに、『秋』と『春』の印象というのはこうも違うもののように感じさせるんだなぁ、などと考えていたら思い出しただけだ」
「なるほど、そういう事ッスか! 確かに、春分の日はワクワクする感じッスけど、秋分の日は哀愁っていうか、しんみり情緒的になりますもんね」
素直なキツネくんはメガネくんの説明に丸っと納得している。
「そぉかー?」
ギィとゲーミングチェアを軋ませながら、伸びをして口を挟んだのはたくちゃん。
「俺の情緒がぶっ壊れてるだけかもだけど、日の長さが長くなったり夜の長さと釣り合ったり短くなったりするだけで、単なる気象のサイクルだろ? 地球が傾いてるせいだよ」
さすが、KYを自己申告しているだけのたくちゃんだ。物事の捉え方は意外とシンプル。
「ついでにいうとさ『おはぎ』と『ぼたもち』の違いもわかんねーんだけど。どうせおんなじあんこ餅なのに」
あれは……あんこ餅、と呼べるものなのか?
「ちなみに春のお彼岸で食べるものが、牡丹に因んでぼたもち。秋のお彼岸で食べるものを、萩に因んでおはぎと呼ぶそうだが、こういうものは四季のある日本ならではの感性所以だろうか」
「うげぇ、また春と秋かよ。モノが同じなら名前も同じでいいじゃん? 一つのものに名詞は一個にしろよな、固有名詞なんだからさ。面倒くせー」
メガネくんの知識は守備範囲が広い。対してたくちゃんは季節ごとに変わる名称に、うんざりした様子で苦い顔をしている。こうした感情の起伏はただ漏れるくせに、それを自覚しきれていないのもたくちゃんの個性だ。
「餅といえば、来週はお月見じゃないスか! メガネさん、お月見団子とか作れるんスか? 別に買ってきてもいいんスけど、みんなでしません? お月見」
「月見バーガーも買ってこようぜー」
キツネくんの提案に乗っかるようにしてたくちゃんも口を出す。
「まあ、おはぎも月見団子も餅ではないが、その気になれば作れるぞ。やるか? 月見」
「良いであるな。ならば僕が月見バーガーを人数分買ってくるである」
ん? 月見団子は分かるけど、月見バーガーも食べる日だったっけ?
「もし夕飯に月見バーガーを食いたいなら、俺が特製バーガーを作ってやろう。無論、買ってきたものの方が雰囲気が出ると言うなら、無理にとは言わないが」
「マジ? そんなことできんの! 作って作って!」
「……メガネ氏、さすがである。お手製、気になるである」
「そうと決まったら、俺は今からレシピの収集を始めるから話しかけないでくれ」
「了解ッス! メガネさん本気モード、キター!」
秋分の日でさえ明日なのに、やることが早いな。素早く検索を始めるメガネくんを横目に、そういえばお月見っていつだったっけと疑問が起きた。俺だって、月見なんて小学生の頃以来だ。せっかくだからスマホの検索窓に《今年 お月見 いつ》と打ち込んでみる。
「29日……? 来週じゃん]
「何がです?」
「あ、お月見? 中秋の名月っていうか」
「お月見って秋分の日じゃないんスね」
「旧暦の8月15日のことであるから、毎年違うのであるよ」
「へぇ。あ、でもあと1週間あるなら、いろいろ準備できそうじゃないですか! 笹買ってきたりとかして、ちょっと本格的にやりましょうよ!」
「笹って! 七夕じゃねーかッヒャーーーーッ! それを言うなら柳だろ!」
「ぶっ」
「それを言うならススキである……」
吹き出した俺とは対照的に、ござるくんが落ち着いて訂正してくれた。メガネくんに至っては、情報収集に集中していてこのやり取りが耳に入っていないようだ。
「たくあんさん、僕たち102さんに笑われてますよ……」
「あー……笑わなくてもいいだろ、俺、月見なんてしたことないんだよ」
「ぷっ、いや、俺も月見なんてっふふっ、ほぼしたことないけどっクッ……」
「あーあ、優しい102さんが、とうとう僕たちを小馬鹿に……」
ごめんキツネくん、思わず吹き出してしまった。しかも声にならない笑いが止まらない。笹はともかく、柳なんてどこで売ってるんだよ。柳などと言い出した張本人は少々拗ねた様子で俺を見ている。
「さすがに柳は……。とはいえ本格的なお月見も楽しそうである。僕もいろいろ調べて準備に協力するである」
ござるくんの言葉に被せるように、コトリとスマホを置く音がして、
「……あぁ、月見バーガーの件だが。ちょっとゴージャスなヤツと食べやすさ重視なヤツだと、どちらがいい?」
メガネくんが全員を見回した。
「そりゃあ、断然ゴージャスなやつだろ!」
「カブリといきたいッスよね!」
「ついでに宴会したいである」
「さすがござる! ッヒャーーーーッイイネ! 飲もうぜ! 金曜だし、みんなどうせ次の日休みなんだろ?」
「バイトですけど、午後からッス!」
来週か。
食い意地が張ってるだけのマイペースな俺たちにとっては、ただの宅飲み予定にならないことを祈るのみだ。
[『結局は、月より団子な 男子かな』完]
※次回は10月6日(金)20:00頃更新予定です!
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