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錠前幽霊 #2000字のホラー

僕は芦名ミサキ。
16歳の、ごく普通の高校生だ。
この辺りではちょっと有名だけど、僕は幽霊が見える。

今、僕は見知らぬ豪邸にいる。
正面には海を臨む大きな窓があり、夕日が眩しい。
しかし、夕日に見とれている場合ではなかった。

僕は椅子に座らせられ、手足は拘束されていた。
目の前には、40代半ばほどの男女がいる。
2人とも知らない人だ。

痛む頭で、僕はぼんやり思い出す。
学校帰りの通学路で、この2人に拉致されたのだ。
車とすれ違いざまにドアが開き、スタンガンを押し付けられ、男に後部座席に押し込まれた。
あっというまの出来事だった。

気づいた時には今の状態だったので、ここがどこなのかもわからない。

「お前、幽霊が見えるんだってな」
唐突に、男の方が口を開いた。
身なりはいいが、ガラの悪い男だ。
「そ、それがどうしたんですか」
「なぁに、仕事が済めば解放してやる。本当は、ガキを拉致るなんてガラじゃねえんだ」
ヤクザみたいな人だ。
「ぼ、僕は何をすればいいんですか」
「この金庫を開けてもらう」
「金庫?」

目の前には、タッチパネルのついた金庫がある。

「なんで業者に頼まないんですか?」
「海外メーカーの金庫で特殊な鍵でな、パスワードがないと無理なんだと。問い合わせてる時間もない」
「あの、僕、コンピュータなんてわかりませんよ。スマホも使えないんです」
「そんなもの、あんたに期待してないわよ」
派手な身なりの女がしゃべった。
「この金庫の持ち主の老人が先日亡くなったんだけど、彼だけがパスワードを知ってたの。だから、その老人の霊を呼び出して、パスワードを聞き出してほしいのよ」

いくらなんでも無茶な要求だった。
僕は幽霊が見えると言っても、フワフワした白い影みたいなのが辛うじて人型に見えるくらいだ。
会話とか難しいことはできない。

でも、本当のことを言ったところで、無事に解放されるとは思えない。
拉致なんてする連中だ。
殺されるかもしれない。

「わかりました。ええと、霊を呼び出すには、いろいろと準備が必要で……」
とりあえず引き伸ばそうとしたら、しびれを切らした男は突然僕の額に銃を突きつけた。
「ひっ!」
「何でもいいから早くしろ! さっさとしないと遺産狙いのハイエナどもに感づかれちまうんだ!」
「はいはいはいはい! わかりました!」
短気な男だ。
刺激するのは危険すぎる。

僕は必死で念じた。
神様仏様じゃなくて幽霊様! 出てきて助けて下さい!
でも、やっぱりそんな都合のいい奇跡なんて起きるはずがなかった。

「……あの、あなた方は、そのご老人とどういう関係なんですか?」
「そんなもん、どうだっていいだろう!」
銃の撃鉄がカチリと鳴る。怖い。
「い、いえ! 幽霊を呼び出すには、できるだけ情報があったほうがいいんです!」
とにかく時間を稼ぎたくて、僕は必死に出まかせを言った。

「ちょっと、幽霊だかなんだか知らないけど、そんなに騒いじゃ出るもんも出ないわよ。とりあえず、その子の言う通りにしたら?」
女が助け舟を出してくれた。ナイス。

男が語り出す。
「俺は、ここのじいさんの兄貴の愛人の連れ子なんだ。じいさんは独身で子供はいないし、俺が本家の長男みたいなもんなんだから、全財産もらって当然なんだ。それなのに、他の親戚だの、弁護士のやつが……」
日本の法律ではどうなのか知らないけれど、反論したら撃たれそうなので言わなかった。
「な、なるほど、その通りですね。あ! 今わかりました! 幽霊が教えてくれました! パスワード!」
「マジか! なんだ、パスワードは!」
「ええと、幽霊さんも忘れてしまったそうです!」

銃口が額に押し付けられた。
「ひいいいっ!」
「ふざけんじゃねえ!」

ぎゅっと目をつぶり、確かに引き金の音を聞いた。
でも、何の衝撃もやってこない。

目を開けてみると、男も驚いている。

耳をふさいでいた女も、驚いている。

「……あの、ちょっといいですか」
「なんだ」
「なによ」
「あなたたち二人とも、もう死んでませんか?」

僕は身をよじって首を曲げ、後ろを見た。

男と女、二つの死体が転がっていた。
女は胸から血を流し、うつ伏せに変な姿勢で倒れている。
男は脳天をぶち抜かれて、カッと見開いた目で天井を睨んでいた。

つまり、この2人は僕を拉致してここに連れ込んだ後、何らかの原因で仲間割れをして、相打ちになったのだろう。
幽霊の中には、たまに自分の死を認識してないのがいる。
そうなると、自分に都合のいいものしか目に入らないのだ。

正面に向き直ると、そこには誰もいなかった。
自分たちの死を認識して、成仏したのだろう。
彼らが仏になれるかどうかは、知らないけれど。

さて、助かったけれど、どうやって逃げたらいいだろう。

いつの間にか日は沈み、外は暗くなっていた。
窓ガラスに映った自分の顔に違和感を感じ、僕は身じろぎした。
前髪の隙間から見える額には、穴が開いている。

「あれ?」

どうやら、僕も死んでいるようだ。
そうか、どうして2人の幽霊が実物みたいにはっきり見えたのかと思ったら、僕も幽霊だったのか。

金庫の前には、3つの死体が残されていた。

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