見出し画像

ブレイクスルーの神様

「あ、変わった」

文章を書いていて、そう思う瞬間がある。昨日書いた時よりも文章が巧くなっているのだ。他人が見るとどうなのかはわからない。ただ、自分にはわかる。「書く」という営みが日常の一部になっている人であれば、これに似た感覚を知っているはずだ。


メタモルフォーゼ

それはトカゲやザリガニが脱皮する感覚よりも、蛹が蝶へと変態する感覚に近い。一皮剥けるなんていうものじゃない。自分の中では「全然違う」わけだ。それは快楽に近い。書くことが楽しくて、楽しくて仕方がなくなる。そして、時間の経過と共に新しい身体に慣れていく。


ブレイクスルー

そこには明らかな境界線がある。グラデーションではない(僕の場合)。「この日を境に」という明確なラインが実感としてある。それはいつも、睡眠から目覚めた後だ。ブレイクスルーの神様は夜、眠っている間に枕元へと訪れる。


イニシエーション

具体的な話をしよう。ブレイクスルーが起きた時のことについて思い返してみた。すると深い睡眠に入る前に何を体験していたかが重要であることに気付いた。そしてその体験はほどよく共通している。大きく分けて三つ。「特別な誰かとの出会い」「まとまった執筆体験」「試行錯誤の伴った挑戦」これらの体験の後、一晩の眠りを経て、新しい自分と出会う。何もせずにブレイクスルーの神様が枕元に立つことはないのだ。


1.特別な誰かとの出会い

魅力的な人と会うと文章が巧くなる。話をしたり、食事をしたりして、しばらく同じ時間を過ごす。すると、その人の醸す「何か」が文章に宿る。言葉では説明できない。相手に引き上げてもらえる(あるいは、引き出してもらえる)。だから、魅力的な人にはたくさん会いに行った方が良い。そういう意味では「ライター」という職業は有利だ。いろんな人に出会えるし、経費も落ちる。


2.まとまった執筆体験

あるまとまった文章を書いた後というのは分かりやすい。小説を書き上げた後でもいいし、記事を作成した後でもいい、もちろん思入れのあるnoteを最後まで書ききった後でもいい。いずれにせよ「まとまった執筆体験」の後にはブレイクスルーが起こりやすい。その課題が、自分の能力よりも少し高いところにあれば尚更だ。

僕の場合、とある哲学講義のレポートを作成したことがある。4時間以上の講義は文字起こしだけで三日間を費やし、その文字数は50,000を超えた。量もさることながら、その内容の難解さに打ちひしがれた。抽象度の高いテーマであることに加え、オランダ人哲学博士がドイツ語で話したものを翻訳家が日本語で伝えた。雁字搦めになった知恵の輪を渡された気分だ。

画像1


その一つひとつを整理し、編集し、再構築していった。取材中、哲学者が話していることが全くわからなかった。ただ一つ救いだったのは「わからないけど、おもしろい」という好奇心を持っていたことだった。「理解したい」と努めて文章を書いた。
記事が完成した次の日の朝、僕の筆力はドラマティックにアップデートされていた。あの体験は僕のイニシエーションだった。
それ以降、どのような取材記事にも対応できるようになった。今では「たかだか50,000字」と思えるようになっている。


3.試行錯誤の伴った挑戦

その挑戦が成功しようが失敗しようが関係ない。密度の高い試行錯誤さえ伴っていればブレイクスルーは起こる。それは数ヵ月かけたものでも、たった一日の出来事でも、時間の量には関係がない。
大切なことは「試行錯誤」であり「新たな挑戦」であるということだ。その二点さえ押さえていれば、文章は上達する。

だから、試行錯誤の薄い成功を選ぶよりも、「失敗」というリスクをとってチャレンジし「文章の上達」を獲得した方が、長い目で見れば価値がある。


実験の過程

僕はラーメンズが好きだ。彼らの本公演は基本的にコントのオムニバス形式で構成されている。オリジナルな世界観で構築され、どのコントも完成度が高く、うっとりする。一つの公演の中で複数のコントが順々に繰り広げられるのだが、その中で「え?何これ?」と毛色の違うコントがたまに混じっている。「何らかの意図がある」ということだけは読み取れるのだが、それを掴み取れないまま時間は過ぎ、暗転になる。端的に言うと「おもしろさがわからない」のだ。

しかし、次の公演で観客の笑いは回収される。その新しいコントは感動に匹敵するほど観客を沸かせる。そして、驚くことに、それは「前回、おもしろさがわからなかったコント」のエレメントが含まれているのだ。そこではじめて、作・演出の小林賢太郎の意図を理解する。

前回「おもしろさがわからなかった」コントは実験であり、その布石(過程)がなければ、次の「感動に匹敵する」コントは生まれなかったのだ。

この話を通して伝えたいことは「実験の過程は全てがおもしろいわけではない」ということと「その時間とエネルギーがないければ、次のおもしろいものはつくれない」ということだ。
失敗を恐れずに新しい挑戦をしよう。僕も仲間だ。前のめりに倒れた君の失敗を決して笑わない。


汎化

文章におけるブレイクスルーの条件は「書くこと」に限定されない。人との出会いや、新しい挑戦が多分な影響を与える。外側からの刺激と、深い内省、トライ&エラー、そして睡眠によってもたらされる。つまり、深い思考、未知の体験、豊かな感情さえあれば、どの領域であろうがエネルギーは汎化する。

ただ一つ忘れないでほしいことは、日常の「書く」という営みがなければ、それは起こらない。「書くこと」はブレイクスルーの前提条件なのだ。そこは忘れないでほしい。

ライフスタイルに「書く」(あるいは「読む」)という時間を含んでいる者だけに、ブレイクスルーの神様は微笑む。





「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。