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最近のおすすめ10冊【2024年8月&9月】

2024年8月と9月に読んだおすすめ本

 2024年8月と9月に読んだ本の中から、特におすすめしたい本を備忘録代わりに記したいと思います。毎月、定期的に挙げていくつもりだったのですが、8月に挙げ忘れてしまったようです。なので、今回は8月分と9月分の合計10冊を紹介します。なお、紹介は読了順です。ご参考になりますと幸いです。

①『オブジェクタム/如何様』高山羽根子

『オブジェクタム/如何様』高山羽根子

 ずっと積読していた本でしたが、ようやく読み切ることができました。何回か読んでは読みあぐねてしまい、積んでしまうという悪循環にハマっていたのですが、ようやく表題作の『オブジェクタム』と『如何様』を読了しました。どうも高山羽根子さんの小説は独特で、その作風や世界観に馴染むのに苦労してしまったようです。ちなみに、集英社文庫から出版された『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』も読みましたが、なかなか奇抜な作品で、少々面食らってしまいました。
 一方、この作品集は通して読んでみるとドツボにハマってしまいました。再読してみると、僕好みの作品がそろっていて満足することができました。表題作以外の短編小説「太陽の側の島」や「ラピード・レチェ」もその不思議な味わいが癖になりました。近いうちに芥川賞受賞作の『首里の馬』も読んでみたいと思っております。
 本書の中でも特に好みだったのは、『如何様』でした。少し長めの短編小説なので、詳しいあらすじは言えませんが、僕が興味を持っている「本物と偽物」といったテーマを突き詰めていった、少しミステリー風味の作品なのですが、その先の意外な展開に強く好奇心を惹かれました。「本物と偽物」という二項対立を破り、その先に広げられたテーマは十分考える価値があります。ぜひ、お読みくださいませ。

②『東京奇譚集』村上春樹

『東京奇譚集』村上春樹

 こちらもついつい積んでしまっていた村上春樹さんの連作短編集です。短編集と言っても、収録作品は5編なのですぐ読み切ることができると思います。今回読み終えてみて、いくつかある村上春樹さんの短編集の中でも随一の完成度を誇るのではないかと感じました。村上春樹さんの小説はとにかく不思議な世界観が特徴ですが、本作は少しばかり雰囲気が違っています。というのも、やや現実に片足を残しているような気配が漂っているからです。
 収録作品は以下の5つです。「偶然の旅人」「ハナレイ・ベイ」「どこであれそれが見つかりそうな場所で」「日々移動する腎臓のかたちをした石」「品川猿」です。このうち、「品川猿」はやや不思議な空気感の濃度が他の作品よりもずいぶん濃いのですが、残る4つは「現実的で、誰かに起こりそうな不思議」を描いていると言えるでしょう。特に最初の2つ、「偶然の旅人」と「ハナレイ・ベイ」はリアリティさえ感じさせます。
 そんな収録作の中でも特に好みであり、心に刺さったのは「日々移動する腎臓のかたちをした石」でした。主人公の作家と彼が関係を持つ女性との独特な人間関係、さらには主人公の心理の変遷が僕のここ最近抱いている感情とマッチしたのでした。ジェンダーの観点からするとやや問題があるかもしれませんが、それでも一読する価値はあるかと思います。村上春樹さんの小説の入門としてもおすすめです。ぜひお手に取ってくださいませ。

③『肝心の子供/眼と太陽』磯﨑憲一郎

『肝心の子供/眼と太陽』磯﨑憲一郎

 芥川賞作家、磯﨑憲一郎さんのデビュー作にして第44回文藝賞受賞作である「肝心の子供」と、第二作にあたる「眼と太陽」が収録された一冊。磯﨑憲一郎さんのことは、集英社新書の『「利他」とは何か』で存じ上げていたのですが、その後に芥川賞受賞作の『終の住処』を読み、たいへんびっくりしました。同じ芥川賞作家の高山羽根子さんとはまた違ったかたちの個性、独特さを持っている方だと思いました。
 デビュー作の「肝心の子供」は、ブッダとその息子ラーフラ、孫のティッサ・メッテイヤ、つまり人間ブッダから見て三世代の出来事を描いた作品なのですが、衝撃作と言っていい作品でした。描かれている物語の内容からして、寓話か、あるいは幻想的な要素の濃い作品(それこそ芥川賞にしばしば分類されるようなタイプのもの)になるかと想像されるかもしれませんが、とにかく文章がすばらしく、リアリティが強烈なのです。
 ガブリエル・ガルシア=マルケスの影響を感じる作風で、とにかく情景描写が細かく、また物語の進む速度が尋常ではなく早いのです。次々に、かつ淡々と描かれる様々な挿話は、神秘的にもかかわらず、読者に「起こり得そうな出来事」だという印象を持たせることでしょう。説得力があるのです。物語の楽しみ方はいろいろありますが、磯﨑憲一郎さんの作品は細部を味わうことが重要なのだと思いました。ぜひ読んでみてください。

④『夫の骨』矢樹純

『夫の骨』矢樹純

 先月の『そして誰もいなくなった』に続き、ミステリー好きの母におすすめされて読みました。アガサ・クリスティーの代表作を読んで以来、どうも僕はミステリーにハマりつつあるようです。この『夫の骨』は帯に記されているとおり、第73回日本推理作家協会賞短編部門の受賞作です。厳密に言えば、表題作の「夫の骨」が日本推理作家協会賞を受賞したのですが、本書には表題作を含め、9つの短編小説が収録されています。そして、その9作品すべてがいわゆる「どんでん返し」だったのです。
「どんでん返し」と聞くとどんなイメージを持たれますでしょうか? 私は「まさか、そんなことが」とか「ええー、それってありなのか?」みたいな言葉がこぼれるような作品だと認識していたのですが、『夫の骨』はそうしたどんでん返しとは一線を画しています。というのも、『音の骨』に収録された短編小説に通底しているのは、読者の心理的盲点を突く一種の叙述トリックであり、読み終えたときに読者を納得させる合理性なのです。
 つまり読み終えたとき、読者は騙されたことに心地良さを感じる作りになっているのです。なぜ心地良さを感じるかというと、やはり作者が誠実なトリックを用いているからだと言えるでしょう。そして、読み終えると自分が偏見に囚われていることを自覚するのです。心地良い酩酊感を味わえる傑作です。おすすめいたします。

⑤『みちのくの人形たち』深沢七郎

『みちのくの人形たち』深沢七郎

『楢山節考』で有名な深沢七郎さんの後期を代表する短編集です。全部で7編の短編小説が収録されていますが、その大半は東北地方を舞台としています。また、作品が執筆された時期が1980年代なので、現在の人権意識に照らして不適切な表現も多々あります。ですが、本書の最後に書かれているように、『みちのくの人形たち』という短編集は、「東北」という地域・世界を描き出すために独特な手法と視点を用いたものと言えるでしょう。なので、私は特に反感を抱くことはありませんでした。
 まず、深沢七郎さんの「ものの見方」が非常に強く表れている作品集だと言えます。描き出される地域――東北地方――は、民間伝承などを参照しながら作り上げられているのでしょう。どの作品にも、いまではなかなか感じられなくなった「土俗性」(この言葉が不適切ならば「地域性」と言い換えてもいいかもしれません)が色濃く漂っています。
 私は地方在住なので、地域というものをよく考えるのですが、先述した高山羽根子さんや磯﨑憲一郎さんがそうですが、深沢七郎さんもまた、細部を綿密に描写し、物語ることで作品世界にリアリティを纏わせています。東北弁に起因する語り口や文体がそれに寄与していることは間違いありません。この短編集には画一化されていない「地方(土地)」が描かれており、それがとても好ましかったです。ぜひ読んでほしい一冊です。

⑥『夢みる葦笛』上田早夕里

『夢みる葦笛』上田早夕里

 9月を振り返ってみると、とても上質な短編集に巡り会えた月だと言えるでしょう。私は元々短編小説が好きで、自分でも短編小説ばかり書いているのですが、この『夢みる葦笛』は数多ある短編集の中でもトップクラスに位置する傑作です。著者の上田早夕里さんはSF小説の書き手ですが、非常に多芸で、怪奇小説から時代小説までいろいろ書けてしまいます。『夢みる葦笛』には、そんな上田さんのテーマが凝縮された珠玉の短編小説が十作品も収録されています。
 上田さんの作品の一貫しているのは、「人間とは何か」という問いかけです。その問いを上田さんはSF的なギミックや怪奇小説の趣向などを用いて、論理的に突き詰めていきます。そして、本書では解説で触れられていることでもありますが、「人間とは何か」という問いに対して、「環境」というファクターから分析を試みているのです。
 本書最後の短編である「アステロイド・ツリーの彼方へ」はそうした上田さんのアプローチの総決算と言っても過言ではないかもしれません。私は本書に収録された短編はどれもグサグサと胸に突き刺さる、好みの品々だったのですが、「アステロイド・ツリーの彼方へ」に登場する猫型の人工知性体「バニラ」と主人公の交流には強く胸を打たれました。ぜひみなさんに読んでほしい一冊です。

⑦『豆大福と珈琲』片岡義男

『豆大福と珈琲』片岡義男

『スローなブギにしてくれ』で有名な片岡義男さんは、斬新なスタイルで若者の心象風景を描き、1970年代から1980年代にかけて時代の圧倒的な支持を集めた作家という認識を持っていました。また、ハードボイルドな作品を得意とし、たくさん発表してきた方だと思っていたのですが、『豆大福と珈琲』はそうした片岡さんの印象とは異なり、静かで淡々とした筆致が特徴的な連作短編集となっております。
 全作を通して、「珈琲」にまつわる物語が展開されているのですが、個人的には表題作がドンピシャリに好みでした。豆大福を食べることでいままでの人生を振り返り、そして今後の人生を考えて行動を決める主人公。彼の人生の随所で記される文章のなんと滋味深いことでしょうか。それこそ、一杯の上質な珈琲を味わったような、素晴らしい読後感があります。おそらくは丁寧な描写の賜物なのでしょう。
 また、この本には帯にも記されているとおり、小説的な企みがふんだんに盛り込まれています。「珈琲」という、なかなかテーマとしては難しいであろう事柄を、片岡さんは巧みに操り、面白い、刺激的な短編小説を五つも作り上げてしまいました。まさに熟練の技です。脱帽です。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、この短編集を読む際は必ず収録作順に読むことをおすすめします。そのほうがより味わい深くなりますので。

⑧『妻が椎茸だったころ』中島京子

『妻が椎茸だったころ』中島京子

 直木賞作家、中島京子さんによる泉鏡花文学賞受賞作。「泉鏡花」と聞くと、ついつい「幽霊」や「怪談」を連想してしまいますが、本書はちょっと趣向が異なっており、どちらかというと、日常の片隅、あるいは現実の裂け目に生じた「ちょっと不思議な話」をまとめた短編集だと言えるでしょう。また、そんな性質のためか、そこまでおどろおどろしくない点も興味深く、人におすすめしたいなあと思いました。
 表題作の「妻が椎茸だったころ」は、妻を亡くしてしまった男性の話。ふとしたことがきっかけで、亡き妻の代わりに料理教室に通うことになった彼の一部始終を描いているのですが、とにかく描写が秀逸で、一貫してユーモラスでした。それでいて、どこか切なくて、じんわりとくる読後感も素晴らしかったです。普段家事をしない方が読むと、「料理」という営みに興味が湧くのではないでしょうか。
 その他の短編も興味深く、片足は異界に突っ込んだまま、身体の半分はは現世に残っているという具合の物語の構成で、それ故に奇妙な味わいが余韻を残す出来栄えとなっていました。思うに、これはバランス、塩梅の問題なのでしょう。中島さんは現実を異界(あるいは異質なもの)と接続することで、この世の物事の見え方に多様性を付与したように感じました。夢と現の狭間を旅するような短編集で、どなたにもおすすめです。

⑨『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン

『優しい暴力の時代』チョン・イヒョン

 ここ数年の韓国文学の盛り上がりには目を見張るものがあります(チョ・ナムジュさんの『82年生まれ、キム・ジヨン』がその好例でしょう)が、またも韓国から素晴らしい作品が日本に伝わりました。チョン・イヒョンさんの短編集『優しい暴力の時代』です。著者のチョン・イヒョンさんは韓国有数のストーリーテラーで、その卓越した観察眼故に「都市の記録者」の異名を持っている方です。では、そんな著者の短編集はどんなものなのか。
 題名が示すとおり、本書に収録されている短編の多くが暴力に関するものです。しかし、開けっぴろげな暴力ではなく、著者が描き出したのは、普通の悩める人間が抱え込んでしまう、ささやかな、それ故に隠れてしまいがちな暴力性なのです。ある面においては被害者(ないし弱者)たる登場人物が、他者に対して素っ気ない形で暴力性を垣間見せてしまう。それは派手ではなく、むしろ淡白であっさりとしています。
 また、本書は孤独と痛みをテーマとした作品だとも言えます。最初の作品である「ミス・チョと亀と僕」には、猫のぬいぐるみに名前を付けて「飼っている」語り手と、彼にとってかけがえのない存在(しかしどう呼びようもない関係性である)ミス・チョとの交流が描かれています。二人が抱えている静かな孤独感や秘められた痛み(心の傷)が印象的です。人間の人生における多様な場面を描いた傑作短編集なのでおすすめです。

⑩『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

『同志少女よ、敵を撃て』逢坂冬馬

 第11回アガサ・クリスティー賞受賞作にして、作家・逢坂冬馬さんのデビュー作。また、第166回直木賞候補作でもあります。加えて、2022年本屋大賞大賞作品でもあり、その印象的な装幀も相まって、人々の記憶に鮮烈な印象を与えた長編小説だと思います。そもそも、アガサ・クリスティー賞は推理小説の新人賞なのですが、どちらかと言えば本作は冒険小説としての面が強く、また戦争文学の傑作にもなっています。
 普段はなかなか手に取らないタイプの作品なのですが、読書会で知り合った方からおすすめされ、さらにはお借りして読むことになりました。舞台は第二次世界大戦のさなかにあるソ連。ドイツの侵攻を受け、故郷の村を滅ぼされた主人公の少女、セラフィマと、彼女の仲間たちの物語が丁寧に、繊細に、そして鮮烈に描き出されていきます。最初はなかなか設定や時代背景に馴染めませんでしたが、慣れてくるとすらすら読むことができました。
 スベトラーナ・アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』の影響を受けて作られた本作は、戦争の様々な側面を描いており、非常に多面的かつ立体的です。男と女、侵略と防衛、さらには軍内部での階級や所属の差など、いくつもの差違が際立つことで、物語や登場人物の人間関係に起伏が生じています。また、戦闘シーンは圧巻の迫力で、視覚的でもあります。けして万人受けはしませんが、ぜひ読んでほしい一冊です。

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