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たいていの場合、動機は仲間かな

はじめに

今、この文章を駅南の餃子酒場で人を待ちながら書き始めた。
駅南っていうのは新潟駅の南口一帯のことなんだけど、海側から線路を挟んで南側。東京から新潟に移住して丸二年経ってもまだ「海があるのが北」という地理感覚に慣れないでいる。
一番調子が狂うのが新潟駅で電車を降りて、西口と東口のどちらを目指せばいいのかを判断する時だ。
まず、海がどちらかを考える。海が北…海が北…と心で唱える。そうすると西と東が見えてくる。
そんな面倒な手続きを経て、新潟駅から飲み屋あるいは取引先の会社に向かう。太平洋側で生まれ育った35年間の地理的常識というのは相当に根深い。

俺と新潟移住と枝豆と起業

まだ待ち人が来ないので、引き続きこの駄文を書きながらビールに枝豆をつまんでいる。BGMは舐達磨になった。なかなかドープな餃子酒場だ。

さて、文章を書くにあたって最初に決めなければならないのが文体、そして一人称だ。
文体は「だ・である調」でないと自分の脳みそから出る言葉とリンクしない。そして、ビジネスっぽいトピックの連載にも関わらず一人称は「俺」でないと、これまた誰の話をしてるのか自分でわからなくなってしまいそうなので、不躾ながら一人称を「俺」にしようと思う。
英語ならIで片付くのだが、日本語の一人称問題はある種の沼である。
そしてどうにも言葉としてのアウトプットは口語・文語を問わず昔から少し乱暴になりがちなのだが、ご容赦いただきたい。

姓は森山、名は良太。小学校四年生くらいまでで習う簡単な漢字の組み合わせだ。小説に出てくるようなかっこいい名前に憧れるがどうしようもない。
ギター(音楽)をやりながらどうやって生きていこうかと20代まで足掻いたところ、持ち前の器用さと相まってコック、カメラマン、音響、ミュージシャン、エンジニアといろんな職能が身について今に至る。学歴は中卒。
自分の社会的価値を最大化できるのがエンジニアだったのでエンジニアをしているが、どうにも次のフェーズに差し掛かっているように最近感じている。

新潟移住

コロナウイルスパンデミックという未曾有の事態に陥った2020年の夏、前職の同僚2人と新潟に移住する。3人とも新潟には縁もゆかりもない。
俺はバンドのツアーで新潟に何度も訪れてはいたものの、RIVERSTと赤たぬきくらいしか行ったことがなかった。バンドのツアーというのは往々にして時間がなく、ライブハウスから離れることができないものなのだ。
移住の詳細は(株)無計画のブログに記憶があるうちにまとめようと思う。

枝豆

新潟に移住して最も驚いたことは枝豆があまりに美味しいことだ。
栽培面積・栽培量ともに日本一なのにはそれなりの理由があって、「今まで食べてた枝豆は石油かなんかでできてたんじゃないのか?」と思うほど美味い。
香り、旨味、甘味。全てが別次元だ。
初夏から秋にかけて居酒屋で枝豆を頼まないことがない。

起業

2021年7月、前職の退職に併せて同居人3人で起業した。株式会社無計画というふざけた名前のWEB制作会もおかげさまで二期目に入り、なんとか暮らしている。
今秋中にはコーポレートサイトをちゃんとしたい。なんせWEB制作を主たる事業としているので。

さて、待ち人が来たのでここからは後日。ビールは2杯空いた。

JCとはたふた

しっかりと二日酔いだ。
今年八月初旬にコロナに罹患して変化したことは煙草を辞めたことと、酒に弱くなったこと。あとはまだ嗅覚障害が少し残っている。食道楽には辛い後遺症だ。

JC

栗原さんの勧めで新潟青年会議所(以下JC)に入ることになった。
栗原さんは新潟の企画制作会社の方で、シーポイントという海小屋のコワーキングスペースで出会ってからちょくちょくお仕事をいただいている間柄だ。ピアノが上手でうちに遊びにくるとセッションをする。
誘われるまでJCという組織は名前も聞いたことがなかったが、俺のようなIターンで起業した人にはちょうど良いんじゃないかということで入ってみることにした。自分が面白いと思っている人が勧めるものはとりあえずやってみるスタイルだ。

現在、入会して四ヶ月が経過した。端的に言って出会いの宝庫だと思う。
年間15万円くらいかかるので、月1万ちょいのビジネスマンマッチングアプリを使っているようなものだと思っているが、面白い人とわんさか出会えるので能動的に活動していればかなりコスパはいい。
日の丸に都度礼をしたりと右寄りの根底思想があるが、度重なる飲み会で地域経済に寄与する基本的に無害な集団である。と思っている。今のところは。

はたふた

JCに入会してしばらくして2022年度入会の同期会の名称を決めることになった。西暦の下二桁という理念も何もない名称だが「二十二会(はたふたかい)」と名付けられた。
ハタチとふたつではたふたと読むのだそうだ。

はたふた会の法被

本題

さて、ここからが本題。
JCで多くの「仲間」ができ、その仲間たちと会社を作ろうと思いついた。
いろんな職種や肩書きや人生観を持っている彼らと、JCの活動をしているだけでは物足りなくなってしまったというのが正直なところだろう。
形式の中での「ごっこ」ではなく、実際に身銭に近いお金を動かし、単年度制ではなく持続可能な事業を考え、やんややんや言いながら彼らと関わっていきたいと思ったのだ。
俺は全く賭け事をやらないが、せっかくなら人生はスリリングでありたいし、エキサイティングでありたい。

以下は8月11日に声をかけてから今これを書いている9/2現在までの報告である。

1:声かけ

JCの同期で使っているSlackのワークスペースに「会社やりませんかー?」と投げたところ、全体で65人くらいいる同期の1/3が釣れた。
こういうフットワークの軽いところが良い。
初期の設定はこんな感じだった。

  • 株式会社はたふた

  • 初年度は役員報酬なし

  • 全員取締役

2:第一回経営会議

8月30日にオンライン参加も含め18名ほどで会議を開いた。
本当はしっかりと会議にしたかったのだが、会議が始まる前に生ビールのサーバーが空いてしまい、地獄のようにだれた会議になってしまった。
この日の主な議題はやってみたい事業のブレストであった。
現実味のあるものから、是非事業計画書をみてみたいトリッキーなものまで参加者それぞれのアイデアをもらった。
当日に得られたものは「意外とみんな楽しんでくれそう」ということだった。

「なり」で開催


3:会議を終えて反省

なべちゃんりえちゃんと、今後の方針について少し話す。
一旦理念を決めて、そこから事業や諸々を具体化していこうという方針になる。
これは第二回会議までの宿題としてみんなに課そうと思う。
そして、当初想定していた株式会社より一般社団法人の方がマッチしそうだという話もでる。俺は法人格の違いについて知識がないので、一旦なべちゃんに調査を依頼する。
また、この会社になるかならないかわからないけど動き出した我々の活動をnoteにまとめていこうという話になる。
できるだけオープンに。

おわりに

自己紹介と何をしようとしているのか、このマガジンで何を残していこうとしているのかについて簡単に説明ができたと思う。
移住も起業も同期との起業も俺一人だったらまずしていなくて、仲間がいて初めて「何かをやろう」になる。「みんなでなんかやったら面白そうじゃん」の連続でここまで来たようなものだ。
今のところ「何をやる」は未定だけど「誰とやる」は決まっている。
この状況自体がかなり俺らしいなと振り返って思う。

そんなわけで、何をやるか未定で、会社になるのかならないのかも未定な我々の試みについて定期的にここに記していくので、暖かい目で楽しく見守っていただけたら嬉しいです。
それでは。

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