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捜査文書の管理についての覚書

警察や検察も組織なので、そこには文書管理という営みがあります。
しかしその文書管理は、ほぼ全面的に内部規則に委ねられており、法律による規制が事実上ありません。
そのあたりの問題を簡単に整理した覚書を以下に公開しておきます。

書類と証拠物とがあるので、「捜査文書等」という風にひっくるめて書きます。相違がある部分はある程度明記しています。


1 憲法及び法律の概要

→憲法及び法律において、捜査文書等の管理を直接に扱う条項は存在しない。

1.1 憲法

憲法に捜査文書等の取り扱いについて明示的に記載した条項は存在しない。
ただ、捜査文書等を適切に管理・保存・利用することは、捜査過程の適正化や、利害関係人の権利利益の保護・実現・回復、民主的な過程による捜査機関の改善統制をおこなう上での不可欠の前提となる。文書管理は、実際には、憲法13条、21条1項(表現の自由ないし知る権利)、31条(適正手続)、34条、35条、37条その他の条項と密接な関わりを有している。

1.2 法律

捜査文書等の管理のあり方について、具体性のある規律をした法律は存在しない。

a.刑事訴訟に関する手続法、組織法

刑事訴訟法、検察庁法、警察法に、捜査文書等の管理に関する規定は存在しない。

b.公文書管理法

公文書管理法は、2009年に制定され、行政機関の取り扱う文書の管理について、文書作成義務(同法4条)を明示したり、整理(同法5条)・保存(同法6条)・行政文書ファイル管理簿(同法7条)といった具体的な定めをおくなど、包括的な規律をおこなう法律である。
地方公共団体も、公文書管理法の趣旨にのっとって、「その保有する文書の適正な管理に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施するよう努めなければならない」(同法34条)。
公文書管理法の規制の主要部分である第二章(同法4条ないし10条)が、訴訟に関する書類については、刑訴法53条の2第3項によって適用除外とされている。
注意すべき点として、捜査記録が検察庁の手元にある限り、かなり重要な理念規定である公文書管理法1条(後述)は捜査記録に直接適用されるはずである(公文書管理法2条1項5号、同条4項、同法施行令1条2号)。

c.行政機関個人情報保護法

 行政機関個人情報保護法は、情報の保護などの観点で、保有の制限(同法3条)、利用目的の明示(同法4条)、正確性の確保(同法5条)、安全確保の措置(同法6条)、従事者の義務(同法7条)などの規定を持ち、これらは適用除外されていないが、文書管理を具体化するものではない。


d.刑事確定訴訟記録法

 「刑事被告事件に係る訴訟の記録」(刑事確定訴訟記録法2条1項)、要するに、裁判所の訴訟記録で確定後のものに関しては、刑事確定訴訟記録法に従って管理されることとなる。ただし、同法はあくまでも裁判所が作成・取得した記録について定めた法律であるから、捜査文書等について言えば、そのごく一部に結果的に適用されるという関係性に過ぎない。

2 行政規則による規律

2.1 検察

 法務省訓令として、検務の内容に対応した具体的な各種「事務規程」が存在することが知られている。
 進行中の事件記録の管理に関する具体的な規定は、証拠品を除いては、事務規程のレベルでは見当たらない。
 証拠物と、不起訴記録関連では一定の規律がある。

a.事件事務規程
 記録の受理や送付などに関する、一定の事務的手続に関する規定はあるが(事件事務規程4条ほか)、管理についての具体的な規定はない。

b.証拠品事務規程
 証拠品の管理については、証拠品事務規程に一定程度具体的な規定がある。
 たとえば、以下の規定。

第8条
証拠品担当事務官は,証拠品(押収物たる通貨及び換価代金を除く。)に荷札(様式第4号の1),レッテル(様式第4号の2及び3)を付する等の方法によって,被疑者氏名,領置番号及び符号を表示し,必要に応じて証拠品袋(様式第5号の1から3まで)に入れ,又は包装する。

c.記録事務規程

「刑事確定訴訟記録,裁判所不提出記録,不起訴記録,費用補償請求事件記録及び刑事補償請求事件記録の管理」については、記録事務規程(法務省訓令)にしたがう。保存期間や廃棄等に関する手続が規定される。

d.各検察庁の通達等
各検察庁が更に具体的な細則などを発出している場合がある。たとえば、大阪地方検察庁には、「証拠品保管事務細則」(大阪地方検察庁、昭和62年11月30日訓令第24号)という文書が存在し(2017年時点で筆者入手)、証拠品の管理に関する事務が具体化されている。

2.2 警察

a. 犯罪捜査規範(国家公安委員会)

 「捜査資料及びその写しは、適切に管理しなければならない。」(犯罪捜査規範79条2項)という規定が存在するが、抽象的である。
 廃棄に関しては、「捜査資料及びその写しを保管する必要がなくなつたときは、還付すべきものを除き、これらを確実に破棄しなければならない。」(同条3項)などとされる。
 ほか、いくつかの規定があるが、文書管理という性格は乏しい。
 

b. 警察庁通達

 捜査書類及び証拠物全般に関するものとして、「捜査資料の管理の徹底について(通達)」(警察庁、2020年)が存在する。
 
 
 たとえば以下の規定がある。

2 捜査資料の管理の徹底
 (1) 組織的管理
 捜査資料は、紛失等がないよう必要な措置を講じて組織的管理を行うこと。(後略)。

廃棄に関しては、「捜査資料は、捜査の終結その他の理由により保管の必要がなくなった場合は、確実に廃棄し、又は消去すること。」とされ、「捜査の終結その他の理由」という警察都合の基準が定められていることが注目される。
 
 証拠物に関するものとしては、「証拠物件の適正な取扱い及び保管の推進について」(警察庁、2019年)などが存在する。

c. 都道府県警の通達等

 各都道府県警が更に細則を定めている場合がある。たとえば、「捜査書類の組織的な保管管理の徹底について(通達)」(大阪府警、2018年)など。

参考:山本了宣「警察の証拠管理」季刊刑事弁護91号(2017年)


3 問題点

3.1 文書を作成し、管理することの意義

 一般に、行政文書を適切に管理することの基本的な意義として、行政機関の活動を記録化するということが指摘できる。記録化することによって、それを行政機関、具体的な利害関係人、一般国民が利用または検証できるようになる。それにより私的な利益や公的な利益が確保される。
①行政機関の事務が文書を適切に保持していることによって適正化されること、②事実関係についての資料が残ることで利害関係人が訴訟等で処分を適切に争えたり情報を入手できること、②国民が特定の問題事例や行政の一般的運営体制などについて、調査研究目的で文書を利用できるようにすることで、行政機関の活動に関する意見表明等が可能となり、行政機関の活動を民主政のプロセスの中で改善できること、などの利益に具体化される。

公文書管理法1条の「この法律は、国及び独立行政法人等の諸活動や歴史的事実の記録である公文書等が、健全な民主主義の根幹を支える国民共有の知的資源として、主権者である国民が主体的に利用し得るものであることにかんがみ、国民主権の理念にのっとり、公文書等の管理に関する基本的事項を定めること等により、行政文書等の適正な管理、歴史公文書等の適切な保存及び利用等を図り、もって行政が適正かつ効率的に運営されるようにするとともに、国及び独立行政法人等の有するその諸活動を現在及び将来の国民に説明する責務が全うされるようにすることを目的とする。」という記述に、かなりの程度表現されている。


文書を管理するということの中には、単にそこにあるものを管理するというだけではなく、文書を適切に作成しなければならないという要請も含まれる。公文書管理法4条が分かりやすい。

公文書管理法4条 
行政機関の職員は、第一条の目的の達成に資するため、当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう、処理に係る事案が軽微なものである場合を除き、次に掲げる事項その他の事項について、文書を作成しなければならない。
一 法令の制定又は改廃及びその経緯
二 前号に定めるもののほか、閣議、関係行政機関の長で構成される会議又は省議(これらに準ずるものを含む。)の決定又は了解及びその経緯
三 複数の行政機関による申合せ又は他の行政機関若しくは地方公共団体に対して示す基準の設定及びその経緯
四 個人又は法人の権利義務の得喪及びその経緯
五 職員の人事に関する事項

 文書の作成義務とその意義が明らかにされている。「当該行政機関における経緯も含めた意思決定に至る過程並びに当該行政機関の事務及び事業の実績を合理的に跡付け、又は検証することができるよう」という記述は頭に入れておくとよいと思う。
 逆に、適切な文書管理が無ければ、ここで述べたような各種利益の実現が妨げられる、という関係性がある。

3.2 刑事訴訟において、捜査文書等を適切に管理する意義

 前記の一般論は、刑事手続にほぼそのまま引き直すことができる。

①捜査機関の事務が文書を適切に保持していることによって適正化される
②捜査経過についての資料が適切に残ることで、被処分者や被疑者・被告人が、各種の手続でこれを適切に争えるようになる
③国民が特定の事件や、刑事司法全般について、調査研究をおこなった上での意見表明等をする素材となり、民主政のプロセスの中での刑事司法の改善につながる

 いくつか例示して見れば、次のような場面が関係する。

・捜査がそもそも的確におこなわれることの担保(記録がきちんとしていない組織やプロジェクトは機能しない。捜査は長期にわたることも)
・勾留や押収処分に対する準抗告(その審査資料)
・公判での主張立証(検察にとって立証手段であり、弁護側にとって反証手段であり、裁判所にとって判断資料。ただの立証手段でないことに注意)
・証拠の関連性(保管の連鎖など)
・証拠開示(適切に作成されていることが前提)
・再審請求(適切に保存されていること)
・国家賠償請求
・充実した統計の作成及び公開(透明性の改善)
・歴史的意義を有する事件の調査研究、刑事司法に関して捜査の実証的分析を踏まえた研究

 文書の作成義務という観点は、捜査過程を適切に記録化することに重要性がある。証拠開示という制度があるが、捜査書類に適切に作成義務が観念されていなければ、「警察が作ってなければ仕方ない」という帰結に陥る。公文書管理法4条をよく読むとそれは適切でないことが分かる。(同条は刑訴法53条の2第3項により形式的には適用除外されているが、だから捜査記録にその要請が無いということにはならない。→後記附帯決議も参照)
 ドイツにおいては、「記録の完全性」という概念が存在する。また、ドイツにおいては弁護側が証拠を検討する意義として、「嫌疑の形成過程」を検証するという点が指摘されるようである。この観念は前記の作成義務とも親和的である。
 筆者は台湾の実務家と話したときに、「我々は『嫌疑の形成過程』を検証する必要があるから、全面的な証拠開示が必要だ」というコメントを聞いた(台湾は全面開示の国。ドイツ法とも親戚関係)。

参考
・斎藤司「証拠の保管・管理の在り方」法律時報92巻3号(2020年)
・右崎正博ほか編「情報公開を進めるための公文書管理法解説」(日本評論社、2011年)

※刑事記録関連は附帯決議も参照

第171回国会 衆議院 内閣委員会 第14号 平成21年6月10日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/117104889X01420090610/79
十三 刑事訴訟に関する書類については、本法の規定の適用の在り方を引き続き検討すること。

第171回国会 参議院 内閣委員会 第9号 平成21年6月23日
https://kokkai.ndl.go.jp/txt/117114889X00920090623/207
十七、刑事訴訟に関する書類については、本法の規定の適用の在り方を引き続き検討すること。


3.3 法律による統制の必要性


 文書管理には公的な利益が大いに関係する。行政規則はこうした利益を十分に考慮することができず、当該行政庁固有の利害と都合に基づいた規律に流れがちである。また、行政規則は改廃が容易であり、有効な規律が維持される保証も無い。 

捜査資料の管理の徹底について(警察庁通達)
「2(2) 捜査資料は、捜査の終結その他の理由により保管の必要がなくなった場合は、確実に廃棄し、又は消去すること。」

この例が分かりやすい。「捜査の終結」によって保管の必要がなくなるという直線的なロジックは、警察の都合しか考えていないことがほぼ明らかと思われる。組織外の利益を考慮に入れるために法律が重要となる。

4 刑事手続IT化

 刑事手続IT化が進行する。
 IT化によって、捜査書類は、電子文書となる。電子文書は無形物であり、電磁的記録媒体の上にしか存在しない。その作成、保管、廃棄は、紙媒体以上に明確なルールに基づいて実施されなければ、信頼性を保つことができない。
 刑事手続IT化に際して、捜査文書等の管理に関する法律を早期に議論し制定することは、不可欠と考えられる。

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