耳が聴こえなくなってしまう薬とオルガノイド
日経にオルガノイド、人工ミニ臓器で病状再現 創薬を加速という記事があり、この中で抗がん剤で難聴になってしまうという話が出てきます。
難聴になり得るお薬は結構ある
処方された薬によって耳の聴こえが悪くなったり、耳に何らかの障害をもたらす薬のことを耳毒性薬剤、または耳毒性があると言います。
抗がん剤(シスプラチン、カルボプラチン、オキサリプラチン)や結核の薬(ストレプトマイシン)、大腸菌や赤痢菌などに効く薬(カナマイシン)などは耳毒性があるので注意が必要です。
なんで聞こえなくなるのか?
鼓膜の先にある中耳という場所が炎症を起こすと中耳炎になりますが、中耳のさらに先に内耳と呼ばれる場所があります。
この内耳にカタツムリみたいな形をした蝸牛(Cochlea)と呼ばれる場所があり、この蝸牛の中にある有毛細胞(Hari Cell)で音の物理的な信号を電気信号に変換し、それが長い経路を経て脳に伝わっていきます。
薬剤による難聴は、この有毛細胞やその先にある細胞(蝸牛神経節細胞)などがダメになってしまうことによって生じます。
抗がん剤(シスプラチン)の耳毒性をオルガノイドで検証してみた by 慈恵医大
抗がん剤(シスプラチン)ってなに?
抗がん剤(シスプラチン)とは白金系の薬で以下のように白金が含まれています。カルボプラチンやオキサリプラチンも白金系です。
それではオルガノイドってなんですか?
次にオルガノイドとは何でしょうか?日経の説明が、とてもわかりやすいので引用します。
日経の説明にある肝臓や腸などの臓器だけでなく、ヒトの脳オルガノイドを使った研究(Organoids reveal the neurodevelopmental consequences of mutations)もあり、注目されている分野です。
内耳のオルガノイドを作製して検証
まずiPS細胞から内耳前駆細胞(内耳細胞の前段階という意味)を作ります。そこからさらに30日程度かけて培養することで、内耳前駆細胞が塊状に形成されていき、最終的に内耳オルガノイドに至ります。
本物の内耳に近いオルガノイドができたのでしょうか?
この画像にあるように、さきほど薬剤でやられてしまう細胞として紹介した「有毛細胞」や「蝸牛神経節細胞」の様細胞(=実際の生体内の細胞に近いと考えられる細胞)が形成されています。
蝸牛神経節にはI型とII型があり、生体ではI型が多数(88%)を占めますが、今回の実験で得られたオルガノイドでもI型が大多数を占めるという結果になりました。
また生体ではI型は双極性細胞(細胞体から2つ足が伸びている)ですが、今回のオルガノイドでも双極性細胞の比率が多いという結果です。
つまり内耳に近いオルガノイドを形成することができたと言えます。
抗がん剤(シスプラチン)を投与してみると…
そして、内耳オルガノイドにシスプラチンを投与する実験を行います。蛍光タンパクで細胞の変化が分かるようにして(=標識して)観察したところ、シスプラチンの投与により蛍光輝度が低下、つまり細胞に障害が起きていることが分かりました。
個々の細胞レベルでの反応を解析するために拡大を行い1時間毎にタイムラプス撮影を行ってみたところ、細胞面積の(一様な)減少と、神経突起の断片化が観察されました。シスプラチンにより蝸牛神経節細胞様細胞がアポトーシス(自死)を起こしていることも示されました。
シスプラチンの効果を阻害する薬剤を投与してみると?
マウス実験でCDK2阻害剤がシスプラチンの障害効果を軽減することがわかっています。
内耳オルガノイドにあらかじめ CDK2阻害剤を投与した後にシスプラチンを投与したところ、CDK2阻害剤を投与しなか った場合と比べてミトコンドリアにおける活性酸素種の過剰産生が有意に抑制されました。※シスプラチンによる難聴には、(人体に有害な)活性酸素種の過剰な産出が関わっていると考えられています
シスプラチンのみ投与した内耳オルガノイドと、シスプラチンに加えて CDK2 阻害剤を投与した内耳オル ガノイドを1週間観察して比較すると、(細胞死は防ぐことはできませんでしたが)シスプラチンの神経毒性作用を短期的には抑制することが示されました。
どのような応用が考えられるのか?
マウス実験でもなく、マウスのオルガノイドでもなく、ヒトのオルガノイドを作製し実験することが可能になったことで、今後薬のスクリーニングでの応用が期待されます。
#オルガノイド #耳毒性 #シスプラチン #薬のスクリーニング
表紙はRobinHigginsさんの写真です。
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