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[中編SFホラー?]エピタフ・ノート〈序章のみ版〉

〈前書き〉

 今回は、「今、こんなもの書いている」という紹介のために、序文だけ掲載しています。改めてまた完成か完成近くなったら、前の「トライアングル」のように連載形式で投稿していこうかなと思っています。ということで現時点で続きがいつ投稿されるか分からないものではありますが、試し読みくらいの気持ちで読んでいただけたら、幸いです!

「エピタフ・ノート」


 血飛沫で紅く染まった墓地でぼくたちは再生する。死とともに終わったはずのぼくたちの生涯をこれからまた始めろとのたまう残酷な神の胸倉を掴んで殴りつけてやりたい気分になるのと同時に、せめてこの幼い弟に慈悲を掛けてくれたことに感謝したい気分でもあった。

 2×××年、無法者たちの巣窟となっていた小国でかつてのぼくたちは生まれ、育った。育てられたのではなく、勝手に育ったのだ、と育ての親である〈少年〉から聞かされた。幼い頃の姿のままほぼ永遠に時を止めた〈少年〉は、寄る辺を持たないぼくたちのような人間のリーダーであったが、本人にその気はなく、勝手に付いてくるぼくたちを相手にはせず、世の中にあるすべてをどうでもいいと考えているようだった。ぼくたちは〈少年〉のねぐらの一部を借り、真夜中に盗みを働いた。ぼくたちの犯罪行為に〈少年〉が目くじらを立てることはなかったが、その一方で〈少年〉は犯罪を唾棄すべき行為だと捉え、犯罪行為を見掛けた際には愛用の刀で相手を切り伏せた。その行為を咎める者など皆無に等しく、今でも名前だけは残している警察機構は形骸化して久しい。

「何故、殺すの?」
 と、ぼくはかつて聞いたことがある。

「虫唾が走るからさ。……もし俺が善悪という観念からこんな行為をしている、と考えているなら、お前は勘違いしている。この刃が血を塗らした分だけ、俺も、罪を犯している」

「ぼくたちは、何故、殺さないの?」

 その言葉に、ぼくは期待を含めていたのだろうか。ぼくたちに情を持ってくれている、と信じたかったのだろうか。

「俺が、この目で見ていないからさ。見れば、同じように――」と〈少年〉は刀を撫でた。

 かつてこの国は法治国家だったらしい。その頃は日本と呼ばれていたと聞いているが、今ではかすかな面影さえも残していないのだろう。罪も、人の命の重さも、どこまでも軽くなった世界で、死はより一層身近にあり、誰にでも容赦なく訪れる。そこに例外はない。永遠の命を手にしたかのように見えた〈少年〉にさえも。

「追え!」背中越しに響いた怒号には、殺意が籠められていた。小雨降る中をぼくたちは走った。今回大金を狙って盗みに入ったのは、やばい奴らの家だった。分かって入ったのだから、自業自得でしかないが、殺されてはたまらない。ぼくたちは濡れて重くなる衣服を邪魔に思いながら走り続ける。弟はその重さと不快さを我慢できず、上半身裸になっていた。

「殺せ!」「誰が、殺されるか?」「クソガキが! 調子に乗りやがって」「そんなガキにこんなに大人数で恥ずかしくねーのか!」

「おい! 挑発するのは、やめろ!」ぼくは、ぼくたちを追い掛ける集団と大声で怒鳴り合いを続ける弟を強く叱った。不貞腐れたような表情を浮かべ何か言おうとする弟だったが、睨みつけたぼくの目の真剣さに気付いたのか、何も言わなかった。確かに誰かに追われる経験は初めてではなかったけれど、今回の相手は今までみたいに簡単に扱える相手ではなかった。

 ぼくたちは徐々に追い込まれていった。

 辿りついたのは墓地だった。ぼくたちは他人の死に無関心だったけれど、実はこの大きな墓地に何度か訪れたことがあった。この墓地の土中に両親が埋められていると聞いたことがあったからだ。両親が恋しくて訪れたのではない。両親がどんなものなのかも知らないぼくたちが両親を知る唯一の方法として、墓碑銘(エピタフ)に頼るしかなかったのだ。両親がどんなろくでなしであっても構わない。

 それでも知っておきたい、と思うのは、
 何故なのだろうか……?

 墓碑銘にはそれぞれの死者の名前と、分かる限り克明な情報が綴られている。この地域ではかなりの変人と知られている墓地の管理人は、死者を悼むという不思議な使命感を持っている。たかが自分以外の誰かの死にどうしてそこまで執着心を抱けるのだろうか。

 ぼくたちが両親について持っている情報はおどろくほどすくない。だからこそ、この克明に記された墓碑銘から自分たちの両親を思わせる何かを見つけるしかなかった。

「もう逃がさんぞ!」

 声に振り返ると、そこには血走った目の群れがある。

 墓地の先には大きな壁があり、ぼくたちは逃げる先を失った。

「さぁ、盗んだ物を出せ」
「何も盗ってない」
「嘘を吐くな!」
「本当だ! 不老の薬なんて盗ってない」
 我が小国のみがその製法を知るという不老の薬はそのあまりの稀少さゆえに、超高額で取引されていた。寿命そのものが尽きるまで半永久的に老化しないと言われているその薬を服用した〈少年〉が老い始めていることにぼくたちは気付いていた。永遠のように見えても、いつか効力は消えるのだ。死が近付いているのだ、と漠然とは感じていた。

 ぼくたちは、不老化の薬の売人をしていると噂されている、スズキという男の家に忍び込むことを決意した。

 薬をふたたび飲ませたところで、死からは逃れられないだろう。そんなことぼくたちだって知っている。それでも〈少年〉に死んで欲しくなかった。

「ふん。まぁ殺して、その身体に聞くさ」男たちの下卑た笑い声。

「死ね――」獲物とともにひとりの巨躯が近付いてくる。たったひとりで充分、ということか……。

 武器を持たないぼくたちはまず避けて、逃げ道を確保するしかない。

 男が手に持っているのは斧だ。

 これなら避けられる、と振り回し始めた斧に目を集中させた時、

 顔に雨ではない液体が付着する。
 血だった。

 血飛沫と叫び声で、ようやく目の前の男が切られたのだと分かる。顔に付着した血は雨で洗い流されていく。

「ったく、年寄りを動かすな」
 と、刀を手にした〈少年〉が立っていた。

                         (続く……。)