フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(光文社)【読書メモ】
※ネタバレには配慮しますが、未読の方はご注意を。
真を得た(あるいは知った)偽りが、真実を取り戻そうとする物語。本書を読み終えて最初に浮かんだのが、この言葉でした。本来共鳴するはずのなかったふたつの魂に触れて、二重の意味でそんなふうに感じてしまいました。ちょっと分かりにくいですよね。すみません。ネタバレの問題もあり、曖昧な表現しかできないんです。
舞台は20世紀はじめのイギリス。気が付くと、大きな違和感の中に、少女〈トリス〉はいる。記憶が曖昧なまま、放り込まれたように不明瞭な世界のただ中で、妹は〈トリス〉のことを偽物と呼ぶ。
〈私〉は〈私〉、そう言葉にするのは簡単だけれど、本当に自分自身を簡単に信用してしまっていいのだろうか。そんな不安に駆られたことはないでしょうか。私はあります。物語の導入はそんな自身のアイデンティティに揺らぐ少女の苦悩を描いたファンタジーでした。でした、と過去形にしたのは、この括りは決して間違いではないものの、本作はそこからひとつ深い部分へと潜っていくような魅力があるからです。それが最初に書いた、『真を得た偽りが、真実を取り戻そうとする物語』なのですが、己がどういう存在なのかを自覚しながらも、自身を取り巻く状況と闘っていく一個の繊細な魂のありように、深い感銘を受けたファンタジーでした。世界が明瞭になるにつれて、物語が壮大になっていくのも、とても嬉しかったです。老若男女に読んで欲しい一冊。