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存在もしていないし、もちろん読めるはずもない本について堂々と語る③   『私を愛さない世界に、きみがいた』ユキ

 本当に何やってんだろう……、と思いつつ続ける。

(※ここからはすべて存在しない小説について語っています。)

 作品のネタバレをしていますので、未読の方はご注意ください。

 今まで聞いたことのない青春の叫びを聞いた気がした。どこかで見たことのあるような既視感に満ちた青春純愛小説という分野だが、そのジャンルの他のどんな作品とも肌触りが違う。本作は基本的には語り手の〈ぼく〉が過去を回想する形で物語が進んでいく。

『野菊の墓』から続まり、いちご同盟、セカチュー、キミスイと続いていく、(失礼を承知で言えば)いわゆるベタなタイプの病死や死別を扱った純愛小説っぽい冒頭で始まる作品ですが、最初に言っておくと、誰も死にません。じゃあかつての昏い過去を回想するのか、というと、それもすこし違います。いじめ問題や家族内でのトラブルといった青春小説〈らしい〉部分の直接的な表現が極力排されている作品で、そもそも登場人物は語り手の〈ぼく〉とユキ(作者名とまったく同じ名前)という少女のほぼふたりしか出て来ない小説です。病死でもないし、青春の負の部分の直接的な表現は極力排している、と聞くと、ユーモア作品なのかと思うかもしれませんが、この小説は痛くて苦しい。かなりシリアスな作品です。

 超美人なのに超性格が悪いせいでまったく他人から好意を持たれない少女のことを唯一好き(しかもその性格が好き、という変わり者)な少年が、彼女の愚痴を聞き続けていた過去を回想する、という作品で、設定は滑稽ですけど彼女の愚痴は呪詛のようで聞いていてつらくなってきます。直接的な表現はないものの、間接的な表現がえげつない。それでも少年はずっと好意を持ち続けるのですが、ユキが少年の触れて欲しくない部分に触れてしまったのをきっかけに関係がギクシャクし、少年は彼女のもとから去っていきます。

 ユキが語り手の少年に「ふざけんな。私を永遠に愛してくれるんじゃなかったのかよ!」と掴みかかる場面は数多ある青春小説の中でも屈指の名シーンだと私は思います。いや、自業自得にしか思えないのですが、そういう自分勝手さも含めて青春だな、と思うわけですよ。青春の咆哮を聞いた気がしました。語り手は現在では妻もいるのに、忘れられない初恋、として回想してしまう。そのぐらい彼女の存在は良くも悪くも大きかった、というのが伝わってくるのが、とても面白い。

 ベタな青春小説には飽きてしまった。そんなあなたにおすすめしたい、まったく新しい青春純愛小説の誕生です!

(いないとは思いますが、もしも小説化したい方がいたら、どうぞご自由に。いないか……。)