食レポ「牧歌」

 クリーム色の素朴な生地にゴマが練り込んであって、見た感じ和の雰囲気なのだけど、口の中にバターの香りがふんわりと広がり、味わいはさしずめクッキーだ。甘みがほどよく抑えられているのでしつこさがない、飽きが来ない、手が止まらなくなる。

 一袋に5枚しか入っていないのが実に惜しい。5枚なんて秒で喰える。そして5枚を立て続けに食べた後には、口の中の水分がすべて奪われている。ほのかな甘みと引き換えに。

 牧歌という焼き菓子。パッケージの裏には「牧歌とは牧童などが家畜の番をしながら歌う歌です」と書かれている。ご丁寧にありがとう。語彙力のない人にも親切だ。

 青森市の(有)マルカワ渋川せんべいで製造されている。なんとも語呂の悪い社名だが、これには訳がある。

 当初は丸川さんと、渋川さんの二人で創業された製菓業者だったが、屋号を決める際にひと悶着あり、二人は仲たがいをしてしまった。結果、丸川さんが会社を離れることになった。残った渋川さんは、渋川せんべいとして事業を続けたが、やはりどうしても袂を分かってしまった丸川さんのことが頭から離れられず、ほどなくして彼の名をカタカナで社名に残すことになった。

「スマン……丸川さん。俺が言い過ぎたよ」

 社長は牧歌をひと齧りしながら呟いた。今でもかつての相棒が夢に出てくる。照れ笑いを浮かべながら謝罪をして、そして二人は盃を交わし合う。夢の中ではだれでも素直になれるし善人になれるものだ。

この苦い思いが、どうしても製品の味に、これ以上の甘みを加えることを許さない。それが消費者には美味しいと評判になったのだが、渋川さんにとってはどこかほろ苦く感じるという全部嘘。


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