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NEW GUNてどんな感じ?〜vol.35〜

9/4で手術から1年が経った。

エコーにマンモにCTに胃カメラ…と再発、転移の有無を調べる検査をし、問題がなかったのを受けて、ホルモン療法を再開した。

ちなみに胃カメラでは『逆流性食道炎』(前回のnote記載)の気はなかったらしい。謎。

8月末からノルバディクスを飲み始め、9月半ばにリュープリン注射を打った。注射は3ヶ月に1度、投薬は5年間続く。前年に1ヶ月位薬を飲み、注射を1回打ったのもカウントされるらしい。


ホルモン療法の副作用は『更年期障害』に似たもの、だ。
火照り、のぼせ、発汗、頭痛、肩こり、鬱、筋肉痛、関節のこわばりなどなど。最初の3つはホットフラッシュなどと呼ばれる。

私の母は主婦で、49歳で他界したのだが、亡くなる前は更年期障害がひどく、ほとんど寝込んでいたし、精神的にも鬱状態になっていた。

私は、主婦にはならず、仕事を一生する!

とずっと思って生きてきた。更年期は誰にでもやって来るだろうけれど、家に籠っていることは精神的に良くないのだろう、自立出来ないと嫌なことから逃げられない、など母が弱っていった理由を自分なりに考え、とにかく働かないとだめだ!と強く思って生きてきた。
(※これは私と母の血のつながりや遺伝から、私が母のようになるのを恐れたという話で、主婦だと更年期がひどくなるという話ではありません)

我が家では父が絶対で母が外で働くことは許されていなかった。

そういうの嫌だなー!と強く思いながら大人になった。私は働き続けた。手術の寸前まで、法定労働時間ギリギリまで働いていたし、30代なんて仕事しかしていなかったと思う。

そうして母の二の舞は踏むまい!と生きてきたのに人様よりも早く更年期を迎えることになった。

更にあまり働けなくなり、病院代もかさむので、旦那の稼ぎに頼らざるをえない、想像したことのない生き方がやってきた。


まだハーセプチンの投与は続いている。来年の2月までの予定。ホルモン療法の副作用は、そうは言っても更年期程度。

(抗がん剤に比べたらないも同然でしょ?)

とどうしても思ってしまうのだ。


抗がん剤で辛かったのは関節の痛みやこわばり。足を引きずりながら歩いていたから、それに比べればましにはなったけれど治らない。歩くのは問題ないが、座っていると立つのが大変。足首から先と膝、腰がこわばる。

一番多いと言われるホットフラッシュは元々調理の仕事なので暑さに強く、そこまで気にならなかったが、真冬は冷えが辛くなった。冷えれば左胸の大きな傷がやはり痛む。基本的に暑いんだか寒いんだかよく分からない、と思うこともあり、人といる時には「今暑い?」など質問するようになった。まあ、そこまでずれてはいないんだな、と思う。

そして、中学生だった私にとって一番辛かった母の姿、鬱病にはならずにすんでいる。



とにかく抗がん剤やってないんだから、体力戻さなきゃ!鍛えなきゃ!(←一番の持病)と仕事も徐々に増やし始める。

8時間以内、夕方までしか働かないというルールはこの先守り続けることにした。



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