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読書感想文的な30『さよならも言えないうちに』川口 俊和

さよならも言えないうちに 川口 俊和

「最後」があるとわかっていたのに、なぜそれが「あの日」だと思えなかったんだろう——。
家族に、愛犬に、恋人に会うために過去に戻れる不思議な喫茶店フニクリフニクラを訪れた4人の男女の物語。

過去に全く悔いがない人っていないと思う。
たとえ過去に戻って、結局は今と同じになるような選択をするとしても、
今という現状?結果?に不満がなくても、後悔はきっとどこかにある。

「やっとけばよかった」と「やらんかったらよかった」っていう後悔を繰り返しながら生きてる。
時間が経つにつれて、「まぁあれ失敗だったけど、そうする以外なかったよなぁ」って思えるようになったり。


簡単に割り切れるのは、自分にしか関係がない後悔かな。
あのとき食べ過ぎなきゃよかったとか。(小さい)
もっとちゃんとジムに通えばよかったとか。(小さい)
学生時代にもっとまじめに勉強すればよかったとか。(これはでかい)
この自分にしか関係がない後悔って、後から取り返せるんだよね。
食べ過ぎたなら今日の分を減らせばいいし、ジムにも今日からちゃんと通えばいいし、勉強だって今から始めたらいい。
まぁだいたいしないんだけど。怠惰なもんで。そんで何年か後に、また同じように後悔するんだろうね。浅はかで怠惰なもんで。本当に本気で悔やんだときには残りの人生が少なくなってるかも。


なかなか割り切れないのは、だれかに何かをしてしまったとか、しなかったとか、だれかに、なにかに対する後悔だと思う。
圧倒的に残る。
やってよかったことは、けっこうすぐ忘れてしまうのに。
たとえば、もう夫に会えなくなるとしたら、もっと優しくすればよかったって後悔すると思う。
お父さんに会えなくなるとしたら、もっとたくさん話せばよかったと後悔すると思う。
おばあちゃんに会えなくなるとしたら、もっとたくさん会いに行けばよかったと後悔すると思う。
お母さんには…ないな。たぶん今、最高の関係を築けてると思う。

この「もっとこうしたらよかった」っていつか後悔するだろうなって思うことを実際に行動に移せばいいだけのことなんだよね。
言うのは簡単だけど。できない。なんでだ。

人は忘れる生き物だとか、忘れることができるから生きていけるとか言うよね。
本当にその通りだと思う。
年齢を重ねたら、その分後悔も増える。
もちろんできるだけ自分が後悔しないであろう方法を選ぶことも上手になるけど。
日々巻き起こることって、年齢を重ねたからって繰り返しになるわけじゃない。新しいこと、初めて直面する出来事のほうが多い。ずっと。なんで?
だから、後悔せんわって方法が絶対に選択できるというより、これとそれなら、わたしはたぶんこっちの方がよさそうだな…?くらいの、選択の上達加減なんだよね。
(もしかしてみんなもっと上手だったらどうしようという不安はある)


ずーっと昔の出来事で、今でもずっと後悔し続けてることがあるとしたら、なんかきっと人生のターニングポイントだったんだろうね。

わたしが覚えてる1番昔の後悔は、弟といとこと海水浴に行ったときのこと。
海に流されそうな弟のうきわを取ってあげなかったこと。書くとしょーもなくて驚く。
「取って」とお願いされた瞬間は、1歩踏み出せば届くところに浮かんでたのに、その1歩が出なくて、もう届かない沖までそのまま流されちゃった。
泣きながら沖に流されたうきわを見続ける弟を思い出したら、今でも罪悪感がある。なんで1歩が出なかったんだろ。
弟はうきわのことなんか忘れてるだろうけど。というか、忘れててくれ。

…これ一体なんのターニングポイントなんだ?

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