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海外のゼミ合宿で一人旅をさせる理由

2月下旬に、学部2年のゼミ生10名を連れて香港・マカオに行ってきた。毎年2年次の春休みに海外に連れて行くようにしており、昨年は台湾。それ以前はコロナの影響で実施できず、今年が2回目の海外ゼミ合宿であった。コロナが流行し始めた2020年2月にも、海外へのゼミ合宿を予定していたのだが、出発する3日前にコロナの状況を見て断念した過去もあった。当時は経由便を使えばヨーロッパ往復で10万円を下回るものもあり、ベネツィア等のオーバーツーリズムを視察する予定だった。
時代は変わり、円安、燃油サーチャージ代の高騰などで、ゼミ合宿の行き先もアジアが現実的になった。行き先は、どこに行きたいかではなく、何を学びたいかということを主軸に、学生それぞれに意見を出してもらい、数回のゼミの時間を使って議論を重ねて決定する。そして今年は香港・マカオになった。

若者の海外旅行離れなどと言われているが、少なくとも2010年代後半のコロナ直前の統計を見ると、20代前半の海外旅行者数は決して少なくない。性別で見ると、女性の方が多い。おそらくはLCCの浸透などで海外にも行きやすい環境があったのだろう。
だが、コロナ後、海外旅行は贅沢なものになった。

国内・海外問わず、旅をすることで得られるものは大きい。だから敢えて海外にこだわる必要もないという意見もあるだろうが、海外を見ることは日本を知ることに繋がると考えている。海外を見ることで、普段いかに自分が日本を見ているのか(見ていないのか)が如実に見えてしまうのが海外旅行。日本と日本以外とで、違いがあるのは当然なのだが、その違いの認識は、日本という国を理解していないと生まれない。
とはいえ、普段日本で漠然と生きていると、表面的な違いにしか気づかないかもしれない。それでもいいのだ。海外を知ることで、日本に関心を持ってもらえれば。

こういう思いで、2年次の春休みに海外に連れて行く。2年次の春というのは、大学生にとって、最後の、しっかりと心穏やかに勉学に励むことができる長期休暇だ。3年生になると、夏からインターンに気を取られ始め、秋、そして春は就活モードになってしまう。4年もある大学生の3年次から就活を意識しないといけないこの社会の状況に異論を唱えたいことはたくさんあるが、今の社会がこうなっている以上、仕方がない。1年次の春はまだ専門知識も備わっていないし、遊びたい時期だろう。2年次の春は専門知識も持ち始め、将来も少し考えようとする時期。この時期に、海外に触れて知的好奇心を刺激してもらおうという趣旨である。

ゼミ合宿で何をやるのか。私が海外に持っているネットワークを駆使して、そこで活躍されている方や研究者の方に街を案内してもらったり、事前に読んだ文献に基づいて街を歩いて議論をしたりしているが、それと同じくらい重視しているのが、「海外一人旅」である。

海外に行ったこともない学生もいるのに、いきなり一人旅とはなんとハードルの高いことをさせるのか、と思われるかもしれない。しかし、これが色々な観光教育上の効果を持っている。

観光学部の教員となって数年で、自分自身も色々と試行錯誤をしつつ、徐々に考えが柔軟になってきた。少し前の私なら、ゼミ合宿の期間中に旅を楽しませるなどあり得ないと考えていたに違いないが。

観光まちづくりを専門に地域に入って学生に色々なプロジェクトを経験させつつ人材育成をしている者として、気づいたことの1つは、自分自身も旅人となって旅の経験値を高めないと、いい発想力は生まれないのではないか、ということ。観光客としてその地域を楽しむ経験も大事にした上で、地域側の発想に立って観光まちづくりに携わるべきではないか、ということである(これは、観光まちづくりはマーケットインが望ましいと言っているのではない)。

また、上記とはやや矛盾するように聞こえるかもしれないが、人は往々にして、自分の価値観で観光を語りがちである。よく学生から出てくるのは、「わざわざ旅行をして地域の歴史を学ぶことに関心のある人なんていないんじゃないか」である。それは狭い視野でものを見ているからであり、世の中にはあらゆる需要があるということが想像できない。

教員として、こんなことを理解できるようになり、海外ゼミ合宿中に1日の一人旅をさせている。学生には、普段の旅行のように事前に下調べをしてその計画を出してもらった上で、一人旅にを楽しんでもらう。行き当たりばったりの旅が好きな学生はそれでいい。無計画に一人旅をしてもらうのだ。条件は、朝食から夕食まで一人で過ごすこと。

そしてホテル帰宅後、その日のうちに、1日を10枚の写真と文章で振り返ってもらい、それをゼミ生全員に共有する。

こういう作業を通して、学生には、1人1人色々な需要があって色々な旅の楽しみ方があることを知ってもらうことを期待する。それが彼らが観光まちづくりを考えるヒントになるという趣旨である。

それと同時に、もう1つ副産物的に(いや、むしろ学生にとっては主産物かもしれない)得られる効果がある。それは、自信である。海外1人旅なんてできるわけない、言語も苦手だし方向音痴だし、見知らぬ国で不安しかない、というのが多くの学生の一人旅前の反応である。日本国内ですら一人旅、あるいは一人で飲食店に入ってご飯を食べる経験すらないかもしれない。そんな状況の中で、いきなり海外で一人旅とは相当なハードルであろう。

しかし、ポンと野放しにされたゼミ生たちは、たったの1日の日帰り海外一人旅で、色々な刺激を持ち帰ってくる。こんな人に出会った、とか、現地の人の優しさに触れたとか、あるいはボッタくられそうになった、とか。でも1日、それぞれが旅を楽しんで帰ってくると、「自分でもできるんだ」という感覚を得てくる。それが自分の自信に繋がり、もっと他の国も見てみたい、もっと何かやってみたい、と考えるようになる。これこそが旅の持つ力なのかもしれない。

注)
海外一人旅は危険だという指摘もあるだろうが、海外であるゆえの危険性や注意事項は事前に周知させています。


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