「計画なんて不要」と「計画が苦手」の差

最近 とあるワークショップに参加して、月次と週次の行動計画を作っています。いわゆる業務計画表です。

業務計画表は会社員時代は(当然のことながら?)作成して、月次・週次で進捗状況を報告していましたので、このような仕事の進め方は懐かしいですし、ワークショップでは報告義務はないものの、なんらかの「圧」を感じる中で計画を作ると行動が進みます。

一方で時折「計画なんて無用・不要」という考えを耳にすることがあります。計画を作ったところで、その通りに行くことはないし、状況次第で考えもやることも変わるのだから、計画なんて意味ねーだろ。という考えだと思います。

私自身は、目的地を決めて、その場にいつどのように到着するかを考えるタイプなので(会社員時代にそう仕込まれてきたこともある)、計画不要論者の言い分がさっぱりわからなかったのですが、

最近 「あーだから、計画なんて不要だと言えるんだ」と、自分なりの気づきありました。

計画不要論者の方々を見ていると、圧倒的に行動しているのです

そもそも計画とは、行動を促すための行動内容と行動量を決めるものだと思っていますが、計画が要らない人たちは、そんなこと(内容や量)を考える前にすでになんらかの行動を起こし、それを続けている。そしてその行動量がすごい。

頭動かす前に、手や足がすでにいっぱい動いてる。確かに、そりゃ、計画なんていちいち要らないよな。煩わしいよねと。ふと、夜寝る前に気づいたわけです。

そして、気をつけなければいけないのは、このような圧倒的行動量で動いている方々(=発信力や影響力が強い)が「計画なんて不要でしょ」と、仰ることで、行動量の少ない人が「そうだ。そうだ」と同調すること。

計画が不要という方々と、計画が嫌いだという方々には、行動の質・行動量という大きな隔たりがあることをわかっている必要があると思うです。

計画が嫌いまたは苦手な人って、行動することに躊躇する/できれば楽したいと思っていないでしょうか?それらの人たちが計画づくりを避けるとなると、単なるサボりになってしまう。

そうなると必要な行動内容、行動量が出せないので、当然 結果もぼちぼちなものになってしまう(可能性がある)。そうなることを避けるためには、やはり計画を作って、お尻叩かれて動くしかないのではないか。

私は、すぐ、グダーとしてしまうので、明らかに計画の中で、行動量を決めて動かないと成果が出せないなという発見でした。

この投稿をお読みの方はどちらでしょうか?



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