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嘘の自分

豪雪での実習は、私の記憶も固めてしまった!?

 2012年冬の関東地方は、希に見る豪雪だったことを覚えています。それでも、なんとか1月から3月にかけて職場がある自治体での「社会福祉協議会」及び「清瀬市障害者福祉センター」での【社会福祉士実習】を無事に終えることができました(当時の体調を考慮し、前後半の2週間ずつのプログラムを組んで下さったこと、今でも本当に感謝しています)。

 私が実習時のエピソードを書かないのは、もちろん専門職としてプライバシーを遵守していることもありますが、とにかく日々を乗り越えることに必死で、当時のことをあまり覚えていないからというのが本音です。最低限、取り組んだ内容自体は覚えていますが、その時々で私自身がどのような心境だったかや、その前後の出来事は正直、ほとんど記憶にありません。私はこの時期、少しでも不安なことがあると口元が引きつってしまうといった症状があったのですが、実習には表情を隠すためにマスクを付けて行っていたくらいです。今思えば、こんな状態でよく乗り越えられたなという感じです。

実習を無事に終えられた自信が打ち砕かれた出来事

 さて、3月中旬に実習を終えた私は、密かに4月からの職場復帰に照準を定めていました。そして直属の上司に「復帰のGOサインは俺が出す」と言われていたことを思い出し、何度かメールを送りましたが一向に返信はありませんでした。
 そのまま迎えた新年度。緊張しながら職場に行った私に対し、開口一番「なんで来たの?」と言われた時は、ただただショックでした。

「『復帰のGOサインは俺が出す』って言ったでしょ?」

 確かにその通りです。半年前に言われてはいました。しかし、せめてメールを返して欲しかった。どんな思いで「会社に行ってもいいですか」と送ったのかを考えて欲しかった。実はメールを送ってからというもの、「いつ、どんなふうに返ってくるんだろう」という不安が日増しに高まり、会社に向かった時にはすでに、メンタルは下降線を辿っていました。こうして、私の職場復帰は再び白紙に戻りました。
 カウンセリングに通い始めたのも、ちょうどこの頃だったと思います。それまで複数の心療内科や精神科を受診し、様々な薬を試してきましたがなかなか効果はありませんでした。何より、5分足らずで終わってしまう診察で自身の状態や気持ちを出し切るには限界がありました。この時期には、好転しない状況に苛立つあまりヘルパーに当たってしまうことも増えており、「もっと話を聞いてほしい」という純粋な思いが、私を前向きに治療へと駆り立てたのです。
 やがて、カウンセリングの時間が楽しみになりました。2週間に1度、1回40分。開始当初は特にプログラムを決めず、とにかく話を聞いてもらっていました。一進一退を半年ほど繰り返したある日、「認知行動療法」に取り組むことを告げられました。

認知行動療法のプロセス

「認知行動療法」とは、考え方によって行動を変えていこうとするもので、自分の気持ちと徹底的に向き合うことが特徴です。例えば、私が挨拶をしても相手から返答がなかった場合、私としては「悲しかった」「嫌われているのかもしれない」と自分の心情を吐露します。しかし、カウンセラーはその訴えをそのまま事実と認めることはせず、「本当にそうかな?」と質問をしてきます。
 続いて、「その時の相手は何をしていたか」を問われ、「朝から忙しそうだった」と私が事実を伝える。すると、カウンセラーは「その日は他に何か(その人と)話した?」と尋ねてきます。思い出すように「そういえば、お菓子を食べる?と聞いてくれました」と話せば、「本当に長野くんのことを嫌っていたら相手から話しかけてくれるかな?」と絶妙なフィードバックがなされます。
 まさに、カウンセリングを受けないと得られない気付きです。当時の私は何事もマイナス思考に陥ってしまい、冷静かつ客観的な分析が最も難しい状況でした。こうして、自分の心情と目の前で起こった事実を分けて考えた後、対処法を探っていきます。「次に挨拶する時は相手が手を止めて顔を上げてからにしようか」「相手が気付いていないようだったら、名前を呼んでから挨拶してみよう」といった具体的な方法を考えては実践し、カウンセリングで報告することが通例となっていました。
 この頃の自分はカウンセリング時しか落ち着ける時間がなく、過去の出会い、そして、新たな人と出会うチャンスをシャットアウトしてしまっているような状況でした。最も辛かったのは、誘われるがまま出向いた高校時代の文化祭や、大学時代の集まりなどの「鬱を知らないコミュニティ」です。先生や友人たちは皆、私が心の病にかかるなんて思ってもいない人たちですから、「元気?今は何をしてるの?」と平気で聞いてきます。(もちろん悪気はないのですが)私はこう言われても本当のことを言い出せないどころか、皆の中に出来上がったイメージを守るため、「元気です。なんとかやっています」と返答し、「嘘の自分」を演じていました。

 こうした試行錯誤を繰り返す一方、理解者を得て治療に取り組み、再び復帰への道を歩み出したのです。しかしこの後、「仕事で失った自信は仕事でしか取り戻せない」と思っている私に、最後の試練が訪れることになります。

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