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“自己責任”という勇気

 学科主任の有難いアシストもあり、私の存在は一気に他クラスにも広まることになりました。もちろん、電動車椅子の私に対して好奇の目や偏見を持っていた学生も少なからずいたとは思いますが、当時を思い返すと皆の優しさばかりが蘇ってきます。そして改めて、(合宿の2日前に)会ったばかりの私の入浴介助をサポートしてくれた、クラスメイトの勇気と優しさには脱帽です。

 自身が大学に入学した2007年は教育界に大きな変化があった年と重なります。養護学校が特別支援学校へと改称された他、それまでいわゆる問題行動を起こすとされてきた子どもたちの1つの要因として、「発達障害」という概念が広まり始めていた頃です。また、インクルーシブ教育(※障害の有無にかかわりなく、誰もが望めば自分に合った配慮を受けながら、地域の通常学級で学べることを目指す教育理念と実践プロセス)の高まりを受けて、私たちも後の講義で「担任を持てば1クラスに2~3人は障害を有する児童・生徒がいることになる」と教わるのですが、そうした社会的背景に呼応して教員を志望する学生の意識の高まりも功を奏したのだと推察します。

 しかし、当時の私にそんなことを考える余裕があるはずもなく、前述した自己紹介の瞬間は「自分が4年間で皆から多くを学ぶことになるように、皆にも4年間で何かを感じ取ってほしい」という思いだけでした。それは、「(障害者に対して何かを)する」「(健常者からサポートを)される」といった双方の一方的な固定概念を覆したいという、私自身のプライドに他なりません。
 そのために考えた“秘策”が、「『できないこと』を伝えた後に『できること』を伝える」というものでした。つまり、1度は(皆の頭にある)セオリー通りに「障害者はやっぱり何もできないよな、オレたちが面倒を見なきゃいけないのか」と思わせてから、「皆と同じようにできること」を伝える【ギャップ作戦】を敢行したわけです。ここでポイントとなるのが、間に「でも…」という接続詞を添えることです。

 例えば、『私は1人でトイレに行くことができません。でも、片道2時間の道のりを1人で通学しています』と伝えると、途中から話を聞いている人の表情が変わっていくのが分かります。そして、(入浴時の事例のように)『皆のちょっとしたサポートがあれば普通に生活をすることができるので、積極的に手助けしてほしい。オレの介助は簡単だから』とたたみかけたのです。もちろん、この段階で私が【見る・聞く・話す】ことに問題がないこともしっかりと伝えました。
 ここまで来てようやく、「皆と大して変わらない」という事実を伝える作業は完結します。しかし、まだサポートする側の不安を取り除くまでには至っていません。故に、加えて「どうすれば私(の見た目のちがい)に対する『気持ちのハードル』を下げることができるか」と考えた末に、こう続けました。(以下、当時の語り口調のまま掲載)

『今、僕は自分で喋れるって言ったよね?見えるって言ったよね?聞こえるって言ったよね?だからまず、僕の言った通りに手伝ってほしい。もし失敗したとしてもそれは僕の責任だし、絶対に皆を責めたりしないから。でも時間がある時だけでいいよ。
それと、声を掛けてくれた時でも僕が自分でできると思った時には、断ることもあるかもしれない。だけど、悪いことをしたとは思わないでほしい(気持ちは伝わっているから)。反対に、僕が困っているように見えたらどんどん声を掛けてほしい』

 怪我をしたら病院に行けばいい、電動車椅子が壊れたら直せばいい、というのはこの時の偽らざる本心です。自己紹介の時間は限られていますから、その場で「聞き手」がどう感じたか、その声をじっくりと聴くことはなかなかできません。それでも、彼らの不安を想像し、思いを馳せることはできます。これらのプロセスによって心の距離は一気に縮まることを、私は彼らとの入浴によって体験しています。「伝える順序」を工夫し、その場で対話をする時間がなければひとまず「自己責任」を強調する。つまり、徹底的に気持ちのハードルを下げた上で、声を掛ける基準を相手に託すというのが、当時の私が導き出した【健常者と障害者の間に存在する壁を壊す方法】です。

 実際、オリエンテーション合宿を共にしてからというもの、友人たちは教室移動のサポートや荷物の出し入れ、ノートテイクといった学習面だけでなく、傘をさすことやトイレの補助に至るまで、キャンパスライフのすべてを全面的にバックアップするサポーターになってくれました。さらに、そんな彼らを見た他の学生も徐々に声を掛けてくれるようになり、”優しさの輪”は広がっていったのです。クラスメイトたちの自然な関わりが、彼らの周りにいた友人たちの意識をも変え、私に対して偏見や誤解を抱いていたかもしれない人たちの心までも変化させ始めていたと言っていいでしょう。

 こうした経験から、私は「何かあった時には自ら責任を取る勇気を(自分の心に)持つことができるか」が、非常に重要だと考えるようになりました。

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