日記

コーヒーカップはコーヒーの形を決める器なんだと素朴に思う。コーヒーの水面のうつくしさ。店で出してもらったコーヒーが書き進めている小説の中のコーヒーよりもうつくしくて涙が出そうになる。出されたコーヒーを見て泣くのはよく分からないから涙をすんでのところで引っ込める。ひと口目がいちばんおいしくて、あとには冷めて酸味が現れるようになった(コーヒーは酸味が少ないほうが好きだ)。ただ、あの一瞬の、思い描いていたものを言葉以外に見せられたときがうつくしくて、コーヒーを飲んでいる最中そのことばかり考えていた。飲み終わって、カウンター越しに店の主人と目を合わせた。「ごちそうさまでした」と言い、主人が「ありがとうございました」と言ったそのとき、彼の瞼がほんの少し緩んだ。目を見ていなかったら気づかない微細な動きで、先ほどまでのコーヒーを淹れるネルへの尋常ではない集中の睨みを見せていたあの目が、かすかにほほえみの一片を覗かせたように思えた。それで僕はとてもいい気分になって盛岡を発った。

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