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死後について考えるのをやめる

前提として、私は一般的にスピリチュアルと言われている内容のものは信じないです。話として聞く分には面白いので好きですが、自分には合っていない考え方だからです。

父を亡くしたことを理解しようとするあまり思考の迷路に入り込みずっと疑問だったことがあります。死後についてどう捉えたらいいか、ということです。
父の死をどう受け止めたらいいのかわからなかったからです。
疑問に思っても仕方ないこと(頭おかしくなっちゃうから)と放置していました。

まだ父には存在していて欲しいので、今いるのかなぁと思っていた「あの世」をテーマにした絵を最近描き上げ、輪廻、という言葉に出会いました。
輪廻からまた思考の迷路にどハマりです。

これは信頼できる人に聞こう!と信頼している禅の道のプロにお尋ねしました。
そして、その道では修行の妨げになるので死後の世界については深く考えない方が良い、とされていると教えて頂きました。

ハンマーで殴られたような衝撃がありました。
疑問に思っても仕方ないこととよくわからないまま飲み込んできましたが、昔から長い間そう言われてることならもう仕方ない。そして、私が信頼してる方もまだ判然としない部分があるそうで、プロがわからないなら更に仕方ない。
MAKE SENSE!!
そうだよね。うん、そうだよ。と独り言言ってしまうくらい感動しました。
自分でコントロールできることを思考するのは大事なことだと思いますが、これは違います。
誰もわからないことだからこの思考の迷路の先は暗闇です。
死、というのは生きている人が経験したことがないからこそ、魅力的な部分もある気がしています。そういった訳で、その道を追求したらそちらに思考が引っ張られてしまいそうで、自分には合ってないです。

コロナ前、の少し前。今から5年ほど前にお付き合いしていた方が両極端に思考が変わる人でした。全くその元カレの考えていることがわからなかったので、恋愛カウンセラーというカテゴリーのカウンセラーに話を伺いました。
その時に「あなたが思っているより良くない状況です。このままだとあなたも壊れてしまうからきちんとした精神科医やカウンセラーに話を聞いてください」と言われました。
その時に、自分が気づいていなくても危険な状態ってあるんだなぁということを思いました。
これに関しても似たようなことを感じます。
追求しようとすればきっと追求し続けていけると思いますが、前にも信用できる方からも頭がおかしくなっちゃうから追求しないほうがいいと教えていただいたし、禅のプロもそういう教えなんだと仰っているのなら、危険な道なんだと確信しました。自分の心を守るためにもそこにはダイレクトに進んでいかないと決めました。

そういったことを追求する道もあってもいいと思いますが、これは私の道ではないです。

留学保険を使っていた頃、NYでも気軽に歯科・眼科以外の病院へ行ける環境でした。恋愛カウンセラーのアドバイスも合ったので、精神科医(カウンセラー)にお世話になったことがありました。
そこで、相手の思考はわからない(なんなら本人もわからないことがある)ので相手が考えてることに思いを巡らせない方が良い、ということを学びました。相手に聞かない限り答えが出ないことをこちらで勝手に思考することは、そのことに振り回される(思考の迷路に入りやすい)からです。
自分のことは努力して変えていくことはできるけれど、他人は変えることはできない、という考えに近いと思います。
死後の世界も生きている人は誰も経験したことがないので、それを思考すると思考の迷路に入り込みやすい、というのはとても納得できる話です。

父のことは私がどう感じるか、父に何をしたいのか、が大事なのです。
自分の人生を大切に生きる。生き切る。

これこそが大事なんだと思います。

20代後半の頃、高校の同級生が亡くなりました。
彼女の最期の瞬間を思い、悔いが残っていなければいいなとそんなことばかり毎日毎日考えていた時期がありました。
その時の自分にも今回学んだことを教えてあげたいです。

近しい人の死を受け入れることは難しいですが、自分の人生を健やかに全うする為にも死後について考えるのはやめることにしました。

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