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葉桜

婚活パーティで、プロフィールカードの”相手に望むもの”欄に思い切って「私と同じか、それ以上の年収であること」と書いた。回転寿司よろしく3分ごとに相手が隣の席に移動する。多くの男達は私のことを金目当ての女と認識するようで、私の話を聞く前にお金が全てじゃないよねと説教しだすか、結局は金ですかなどと吐き捨てるように言うか、大半はそのどちらかだった。やっぱりこういうところでも、前の夫みたいなのしか居ないのかな。諦めて途中で抜けて帰ろうと決めた矢先、私の前の席に来た男から「年収に何かこだわりがあるのですか?」と質問された。私はどうせ言っても伝わらないだろうと思いながら「年収の額ではなくて、収入の高低で卑屈になる男を見たくないだけです」と言った。
この答えが興味を引いたのか、早川というこの男は会を抜けてお茶しませんかと誘ってきた。私はどのみち抜けるつもりだったし、まっすぐ帰るのもなんだしと承諾した。

近くの喫茶店までの道なりに桜が咲いていた。満開は過ぎ、風が吹くたびに花びらが散っている。
結婚したら幸せになると思っていた。確かに幸せだった、私が仕事で成功するまでは。5つ年上のサラリーマンの夫は私がイキイキしているところが好きだと言ってくれていて、やりたい事をやりなよと習い事の費用も快く出してくれていた。私は以前から興味のあったフラワーアレンジの教室に通い、家には生花が常時生けられるようになった。そのうち先生に「あなたはセンスがある」と先生の仕事を少しずつ任されるようにもなり、今では教室を5つ運営するまでになった。しかし収入が増えて行くのと反比例するように、夫からの愛情はどんどん減っていったように感じた。最初の頃は喜んでくれていた家の生花も、私が教室を運営し出した頃には「ちょっと仕事ができるようになったからって、いちいち家で誇示するなよ」と言われた。「嫁の仕事は家事をきちんとする事。それが出来ないなら仕事を減らすか、離婚だな」毎日そう言われて、そういうものか、と家事も料理も手抜きをしないでなんとか仕事と両立させた。大変だったが、いくら頑張っても「飯が不味くなった」「ここの掃除が出来てない」と、私へのダメ出しをするのが夕食後の夫の日課になっていた。
どうしたらいいんだろう。迷いながらもがいたあの頃も、そういえば桜が散っていたっけ。

早川はコーヒーが来ると「で、前の旦那さんとはそれで別れたんです?」直球で聞いてきた。
「それで、というか。会社を設立するかどうか迷っていた頃、思い切って夫に相談したら『お前は俺と収入とどっちが大事なんだ。やっぱり金なのか。だったら離婚だな』と記入済みの緑の用紙を渡されたから、何だか疲れちゃって。もういいかなって、そのまま出しちゃったんですよね」
私はそう言って両手でコーヒーカップを持った。白くぽってりした陶器の温もりが手に優しい。コーヒーを飲みながらカップ越しに早川を見ると、随分優しい目をして私を見ていた。
「それは、大変でしたね。でも、こんなに綺麗で仕事も出来る素敵な方を手放すなんて、元夫さんは大馬鹿野郎ですよ。あ、すいません、仮にも元夫さんに馬鹿とか言ってしまって。以前の僕と、あまりにも似ていたもので」
早川は視線を手元のコーヒーカップに落とした。
「馬鹿だったんですよ、本当に。妻が僕の知らないところでイキイキして、仕事で活躍していくごとに『お前は不要だ、お前のようなちっぽけな男は居なくていい』と言われているような気がしてね。……学生時代からの恋愛結婚でね。本当に大好きで。『僕が彼女を幸せにする!笑顔を守っていく!』なんてね。心底思ってたんですけどね。結局彼女から笑顔を奪ったのは、僕の、そう、卑屈さだったんですよね」
心なしか、早川の目が潤んだように見えた。「ちっぽけなもんですよ、本当に。彼女が僕より稼いだからって、僕を馬鹿にしたわけでも、不要としたわけでも無かったんですよね」
早川は顔を上げ、窓の外を見ながら「すいません、なんか急にこんな話。……桜ももう終わりですかね」とつぶやいた。
私は早川が見ている方を見ながら「私は、葉桜も好きですよ。またこれからって感じで」と答えた。

月刊ふみふみNo.8  テーマ「嫉妬」掲載分
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