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愛の証し

その男、ぶーちゃんこと豚男が、2週間ぶりに私の前で、床に全裸で正座をしている。
少し薄くなった髪に、だらしなくたるんだ大きな腹。それとは対照的に、筋肉が落ちて細くなっている、力の無さそうな腕。絵に描いたようなおっさんだ。股間のものは私から見えないように脚の間に挟まれている。
私は肘掛け椅子に斜めに腰掛けたまま、足を組み直した。「で、なんでまた、こんなすぐに来ちゃったのよ、ぶーちゃん」黒いエナメルのハイヒールの先で豚男のおでこをつつきながら、豚男に尋ねた。
豚男が必死に、私のパンチラを見てはいけないと意識しているのを、意地悪く眺めた。すると我慢できなくなったのか泣きそうな顔で「だって、寂しくなってしまったんです! お許しください!」そう叫んで、土下座をしだした。
「ふ〜ん。またなんで?」私は座ったまま、土下座した豚男の後頭部を柔らかく踏みつけながら尋ねた。
何かモゴモゴ言っているようだが、床に口を押し付けられているせいか、何を言っているのかわからない。私は足先で豚男の顔を横に向け「豚語じゃ何言ってるかわかんないでしょ? ちゃんと話して」ハイヒールのつま先を豚男の口に軽く突っ込んだ。
「はひ、ふみまへん。先日頂いたほ仕置きの痛みが、消えて来たものでふから」ん? 何かこいつ今面白いこと言ったかも。話に興味が湧いた私は、口からつま先を抜いた。「どういうこと?」
「前回、愛女王様が『新しい鞭もらったから、今日は練習台にするね!』って私の尻で鞭打ちの練習をなさったでしょう。あれ、一発一発はそう痛くなかったのですが、さすがに小一時間ともなると、赤く腫れた部分もありましてね」
豚男は懐かしいものを思い出すような調子で話しだした。「あの日は、湯船に浸かるとピリピリして大変だったんですよ。寝るときもヒリヒリしましたしね。氷で冷やしたりなんかして」
大変だと言いながらも、声はなんだか嬉しそうだ。
「でも、日に日に痛みが薄れるごとに気づいたんです。私は痛みを感じるたびに、あの時の愛女王様の笑顔や、甘い香りや、美しい白い肌や、とにかくあの幸せな時間に浸れるんだってことに」
私は椅子から降り、顔だけ横向きに土下座をしている豚男の顔を、しゃがんで覗き込んだ。予想通り、うっとり目を閉じ、口元が嬉しそうに緩んでいる。「そうなんだ。やっぱ根っから変態なんだね、ぶーちゃん。さすが自分から豚男って名乗るだけあるわ。でも、そのにやけた顔がイラっとさせるよね〜」私がわざと耳元でそう言ってやると、豚男は我に返ったようでパッと目を開け「し、失礼致しました!」顔を隠すような土下座に戻した。曲げた腕が震えている。きっと叱られてお仕置きをされる、と思っているのだろう。こんな豚男より、早く彼氏に会いたいよ。さっさと終わらせて後で連絡しよっと。
さて、今日はどうしてやろうか。私は立ち上がり、とりあえず豚男の丸くなった尻に片足を乗せた。ゆっくり体重をかけて、ピンヒールを肉にめり込ませていく。「ヒッ!お許しください〜」情け無いか細い声が聞こえる。その声でイラっとして、つい強めに踏み込んでしまった。今日は跡が残らないようにしなきゃって思ってたんだけどな。ゆっくり足を外すと、赤く小さな丸印が豚男の尻に刻まれていた。あ、これ私のお尻にもある。こないだ彼氏が、何回も私を後ろから突き上げた時、お尻を持ってた指に力が入りすぎて、跡になっちゃったんだよね。まだ触るとちょっと痛いけど、ここを掴まれてたんだって思うと……。あの時の激しい彼、素敵だったな〜。あ、いけない、豚男に集中しなくっちゃ。
「ぶーちゃん見て!お前が寂しくないように、今日も印をつけといてあげたよ♪」私は間をごまかすべく適当なことを言った。豚男は身体を起こして、腰を捻りながら跡を確かめた。少し腫れてきたのを手で触ると、私の方に向き直り、キラキラした目で「愛女王様! ありがとうございます! 心からお慕い申しております!」そのまま私の脚に抱きつこうとしたのを足で払いのけ、ベッドで仰向けになるよう命じて、アイマスクをつけさせた。よしよし、このまましばらく放っておこう。私はバッグから携帯を取り出し、彼氏に〈ねえ、今日会えない? 寂しくなっちゃった〉と送った。


月刊ふみふみNo.7 テーマ「性愛」掲載分
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