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D76は時代遅れなのか?

D76の現在の立ち位置

某サイトで「D76は時代遅れの現像液だ」という趣旨のコメントがあり、けっこう有名な所だったので初めてみた時は衝撃を受けました。曰くD76は粒子感を消すためにシャープネスを犠牲にしているが、昨今の進化したフィルムではマイナス面の方が大きく、むしろ積極的に粒子を出してシャープネスを確保した方が良く、そのためにはRodinalの方が良い、との事でした。もう少し正確には、D76に含まれる亜硫酸ナトリウムは保存性を高めることと粒子を溶かし粒状性を見た目上下げる効果がありますが、トレードオフとしてシャープネスを失ってしまう事、昨今のフィルム状況で高い保存性は特別求められていないこと、現在においては粒状性は好意的に受け入れられることも多いことから、多すぎる亜硫酸ナトリウムは害悪になるというのが大筋だったように思います。
それも相まってか、いまはロジナールの人気がかなり高まって、逆にD76を使用している人は少ない印象です。かつてはD76はもっともメジャーな現像液でしたが、今となっては時代遅れの評価すら出るようになりました。

亜硫酸ナトリウムは多すぎるのか?

実際に現像レシピを見ればわかりますが、たしかにD76は粒子を溶かすことで見かけの粒子感を減らす亜硫酸ナトリウムが多く含まれています。しかしながら、D76から亜硫酸ナトリウムを減らしたD96という現像液は存在しますが、D96で劇的にシャープネスが良くなるかというと、そうでもないようです。この事から亜硫酸ナトリウムを多少調整したところで劇的にシャープネスが改善されるわけではない事がわかります。

リンク:D23vsD76vsD96比較

D76の描写傾向と、そのあり方

D76はD23, D96と似たような描写傾向で原液で使用している限りは軟調な描写で、ロジナールに比べると実行感度も高いです。
軟調かつ高い実行感度、原液では粒子が目立たないというのが肝で、希釈と増感or減感現像で結構描写の傾向を変化させることができます。もともと軟調かつ現像能力にある程度余裕がないとできない選択肢ですね。

・増感現像:やや硬調な印象になる(シャドーの諧調が減りきつい印象になる)

・減感現像:やや軟調な印象になる(シャドーの諧調が豊富になる)

・希釈:現像能力を低下させる。実行感度を同程度になるように現像した場合には、中間調からハイライトにかけて多く現像され、結果的に増感現像の傾向がみられるようになり粒子間が強く、コントラストが高くなる。

ストリートスナップなどをやる場合には、希釈した現像液で通常現像することで、シャドーを意図的に省略し力強い印象を与えることができますし、粒子間も強くなるので、印象的な描写になります。増感すればさらにその傾向は強くなります。

極端に希釈した場合は静止現像となり、ハイライトの現像が進まずネガの最大濃度が低下し、結果的に焼きやすいネガになりますが、一方で通常現像ほどのハイライト, シャドーの力強さはなくなる傾向にあります。

上記のように、希釈と実行感度のコントロールで、もともとは軟調で柔らかい描写だったものが、シャドーのパンチの効いた荒れた粒子の描写にも変えることが可能です。自分好みの現像液が簡単に買えるECサイトがなかった過去では、D76現像液というのは自分好みの現像手法を見つけるベースとしては結構いいのではなかったのかなと思います。

D76は何だったのか?

最初の問いに戻りますが、D76は今となっては時代遅れなのでしょうか?

昨今発売されている新型の現像液はいずれも優秀で、Silversat現像液はRodinalの実行感度の低下を克服しつつ微粒子に仕上がっていますし、FX39Ⅱは粒子を目立たないようにしつつハイライトのネガ濃度が極端に増加することを防いでくれ、RolleiSuperGrainはFX39Ⅱと同様にネガ濃度は調整しつつ適度に粒子感を出してくれます。しかしながら、上記の現像液はD76ほどの希釈への耐性はなく、メーカー指定通りの現像がメインになり、自由度はあまりありません。

一方で、D76はシャドーの諧調、増感性能、解像度のいずれでもトップを取るような現像液ではありません。しかしながら、希釈と増感・減感で大きく描写傾向が変わり、その中から自分好みの描写を見つけられれば、趣味として写真をやっている者にとって、これは大きな喜びではないでしょうか?

D76は様々な環境で無理やりにでも粒子を強くしたり、コントラストを強くしたりという、本来の性質とはそぐわない描写を求められ、それを達成してきました。不良生徒に寄り添う夜回り先生のような、あるいは世界中で走るスーパーカブのような、そんな現像液なのかなと思います。

D76もRodinalもトレンド次第

現像液の描写にはそれぞれの傾向があるだけで、現在ではデジタルカメラのアンチテーゼ的な立ち位置のために、あえて粒子間を出すようなトレンドになっていて、その結果Rodinalの方が人気があるような状態ですが、写真として好きな描写であれば、それがどんな現像液でも良いのではないかと思います。(※トレンドに関してはあくまで印象です)

シャドーの諧調だけは現像能力に依存しXtolのようなフェニドンを現像主薬とした現像液が優秀ですが、XtolやTMAX Dev, SPDが最も人気な現像液ではないように、描写と性能とトレンドと個人の好みはすべて別で、趣味の範疇となった今では個人の好みを追いかける方がいいのではないかと思います。

やはり自分の目だけを頼りに、いくつかの現像液や希釈の中から最も好みに合うものを探すのがベストです。様々な情報が得られすぎる昨今ですが、写真を撮るのも現像するのも自分なわけですから、自分を信じて様々なフィルムや現像液に出会い、パートナーとなるモノを探すのが良いですね。

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